十年ほど後のことです。御子はとりあえず無事に成長しました。病になることも、怪我をすることも、もちろん命を失うこともありませんでした。
父君が危ないことを総て遠ざけ、母君が危ないことに挑ませた、その両方のおかげでしょう。
ただ少しばかり、そうホンの少しばかり、性格が歪んだひねくれ者になってしまった。
いいえ。乱暴粗暴になったとか、根暗陰険になったとか、そういうひねくれ方ではないのです。
我が強いのに、引っ込み思案で、大笑いすることもなければ、むやみに怒ることもしない。融通が利かない生真面目な子供でした。
まあ、殿様の子供ですから、不真面目では困ります。
他家のことは、私は存じませんよ。その家それぞれに教育の方針という物があるのでしょうから。
ただこの家の場合、父君の教育方針と母君のそれとが、言ってみれば全く逆のようなものだったのは、問題であったといえますね。
御子はそれぞれのいいつけをそれぞれに守り、それぞれにとっての「よい子」でい続けねばなりませんでした。
御子は、父君の殿様を悲しませてはならないと考えていました。母君の奥方を喜ばせなければならないと考えていました。
そんなことを十年もしておれば、幾分かの歪みが出ない筈がないでしょう?
ああ、どうやら君は、真面目な子供が嫌いらしい。特に親の顔色をうかがうような優秀ぶった子供は大嫌いだと見えます。
つまり、子供は子供らしく、ほほえましく、愚かしく、我が侭で、そして悪意ない残酷さを持つ存在であるべきだと?
ねえ君。この世に、絵に描いたような子供ばかりだなどとは、あり得ないでしょう?
大体君自身のことはどうなのです? 君は、大人になった君が思うような、あるいは君が書く物の中に出てくるような、いかにも可愛らしくて無邪気な天使のような子供だったのですか?
おや、黙ったね。そう、暫く黙っておいでなさい。
大体、君が私に「話せ」と言ったのだから、とりあえずは最後まで口を挟まずに聞くべきですよ。
宜しい。それでは、不運な殿様の所の、君の嫌いな真面目で捻くれた子供の話に戻りましょう。