小懸 ―真田源三郎の休日―【本編】 − 【5】


 見事な青鹿毛《あおかげ》でした。
「九寸《き》ある」
 前田慶次郎殿はうっとりとした眼差しで鬣《たてがみ》を撫でられました。
 皐月の晦日のことです。私は厩橋におりました。
 呼び出されたのです。

 その日の朝早くに届けられた萬屋の紙には、細くしなやかな文字で「源ざどの」と表書きされており、開けば、
「駒なるや いざ見に来たらむ ふるさとの 厩のはしにぞ 花と咲くらむ」
 という一首と、「慶」の一文字がしたためられておりました。
 私の傍らでは、垂氷《つらら》が好奇の目を輝かせておりました。
「本歌取りだな。多分、
『駒並めて いざ見にゆかむ ふるさとは 雪とのみこそ 花は散るらめ』
 であろう。これは古今和歌集にある。意味合いはな、
『馬首を並べて古里へ花見に行こう、急がねば花は雪が降るように散りきってしまうぞ』
 と云ったところで、すなわち、春の楽しさを詠った歌で――」
 私は、己が古今和歌集にいくらか明るいのだと云うことを少々自慢したかったのですが、垂氷には私の講釈を聞く気など更々なかったようです。
「それで、ご先方さまは何と仰っているのです?」
 上目勝ちにこちらを見て、ニコニコと笑っておりました。
「『予てより手に入れたいと思っていた名馬が漸く我が物になった。見せびらかせてやるから、お前が生まれた厩橋へ来い。件の馬の御蔭で、我が厩舎は花が咲いたように賑やかになっている』
 と仰せなのだよ。土地の名の『厩橋』と、厩《うまや》の片隅と云う意味の『厩の端』とが掛詞になっていてだな――」
 言いかけた辺りで、垂氷はすっくと立ち上がりました。
 流石に私も腹に据えかねて、
「人の話は最後まで聞くものだ。そのような態度は、話手に対して礼を欠く。当世、気の短い相手ならば手打ちにされかねない。大体、嗜み心のない娘は嫁に行けぬぞ」
 少々厳しき口ぶりで言いました。
 すると垂氷めは、なんとも無礼な振る舞いですが、立ったまま、
「若様。お言葉お返しいたしますが、元の歌が、早く行こうという意味なら、つまりご先方は、若様に直ちに来いと仰っておいでるということありましょう? でしたら、今直ぐに御出立の準備をなさるべきです」
 口元をきゅっと引き締めた真面目な顔で申したものです。
「それに、砥石のお殿様から、滝川様の様子をそれとなく見聞するようにと仰せつかっておいでなのでしょう? ちょうどよい機会が来たではありませんか。さあ、急いで参りましょう」
 垂氷は言い終わらぬ内にくるりと戸口へ振り返り、飛び跳ねるようにして外へ出ようとしました。
 垂氷の言い分は理に適っております。理に適ってはおりましたが、釈然としない部分がありました。
「一寸、待て」
 声をかけますと、垂氷は立ったままという不作法さで唐紙の引き手に手をかけた、そのままの姿勢でぴたりと立ち止まって、肩越しに私の方へ振り向きました。
「何ぞ……?」
 大きな目が輝いておりました。
「付いて来るつもりではあるまいな?」
 その気でいるだろうというのは分かり切っていたのですが、一応、確認をしてみたのです。答えは想像したものと大差ありませんでした。
「いけませぬか?」
 流石に向き直りはしましたが、まだ立ったままです。
「女房衆や子供であれば女連れでも良かろうが……」
「いけませぬか?」
 口を尖らせました。
「いけない」
「何故です?」
「何故と言って……」
 私は頭の中で言い訳を思いめぐらせました。
 正直を申し上げます。
 垂氷と連れ立って歩くのが気恥ずかしかったのです。
 その頃の私と言えば十六の若


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