小懸 ―真田源三郎の休日―【本編】 − 【6】

 蒸し暑さを感じて目が覚めたのは、その翌日の、未の下刻を疾うに過ぎた頃でありました。
 無論、目覚めたその時に時刻が判ったわけではありません。後から家人にそう知らされたのです。
 そう。当家の家人からです。
 目覚めた私の頭の下には、慣れた高さの枕があり、目の前の高みには見慣れた天井がありました。

 岩櫃の自室でした。

 合わない兜を無理矢理かぶせられている気分でした。喉の奥には鑢をあて損ねたかのような、気色の悪いざらざらとした感触があり、胸の辺りは焼け付くようでした。
 私が上体を漸くのっそりと起こすと、
「まこと、若様と来たら、肝心なところで無様でおいでで」
 垂氷《つらら》の嗤う声が聞こえました。
 いいえ、確かに「嗤って」おりましたよ。当人がどう思っていたのか、今では知るよしもありませんが、私にはそう聞こえたのです。
 怒鳴りつけてやりたくなりました。
 実際そうしようとしたのです。
 ところが、酷い宿酔の体はこれっぽちも云うことを聞きません。重たい瞼をどうにか細々と開いて、生意気な娘を睨むのが精一杯でした。
 その精一杯の怒りを露わにしたはずの顔を見て、あの娘と来たら、
「まあ、酷いお顔」
 うっすら笑うのです。こちらが苦しんでいるのを見て、
「ご酒が苦手でいらっしゃる?」
 などという言葉の、その言い振りがまた、人を小馬鹿にして……しているように聞こえたのです、私には。
「お前は一斗の酒を開けても真っ当にしておられるのか」
 厭味とも愚痴とも取れぬ、言い訳じみた物を言ってみましたところ、
「さあて。呑んだことがございませんので、判りかねます」
 そう言って垂氷は、茶碗を寄越しました。
「ですが、二日酔いにはこれが良う効くというのは、存じておりますよ」
 茶碗の中身は、何やら甘い臭いのする茶色のモノでした。
「何だ?」
「『玄の実』を煎じたものです」
「玄の実?」
「医者に言わせれば、キグシとかいう、私などには良く判らない名前の薬と言うことになりますが」
「キグ……? ああ、計無保乃梨《ケンポノナシ》か。妙な形をした実のなるあれだな。実は小さいが、喰うと中々に美味い」
「まだ今年の実はなっておりませんよ。そろそろ花の咲くころかと」
 垂氷が突出し窓を開けますと、良い風がふわりと流れ込みました。
 しかしこの時の私の体は、清涼な風ぐらいでは癒されぬほどに消耗しきっておりました。ことさら、焼けるが如き喉の渇きは酷いとしか言いようのないものでありました。
 正直なところを言えば、水けのものであるならば、薬湯でも煮え湯でも何でも構わぬから、とにかく一息に飲み干したい心持ちであったのです。
 しかしどうやら自制の心は残って負ったようです。薬湯を呷るように飲むのは大層品のない事のように思われ、そっと、少しずつ、舐めるようにして喉の奥へ流し込んだのです。
 後から思えば、いかにも小心者と云った風の、情けない有り様でした。その様を見つつ、垂氷は、
「若様は、物知りなのですねぇ」
 などと言いながら、口元を袖で隠してニンマリとまた嗤うのです。
 ええ、まあ、確かに口元は見えませんでしたが、目が、嗤っておりました。
「厭味か?」
「いえ、いえ。本心、感心しております。前田様も大層お褒めでしたよ」
 途端、私の口から薬湯が噴出しました。
 温泉場の源泉の口から湯が噴きこぼれるように、勢いよく、盛大に、です。
「それは慶次郎殿のことか!?」
 言い終わる前に、私の両の鼻の穴から薬湯の鼻水が噴出しました。
 その薬臭い鼻水をすすったものですから、私は今度は咳


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