よく見ればそれは、小柄な「男の格好をした若い娘」だった。
小さく丸い顔にうっすら白粉がのっている。唇にも少々くすんだ色ではあるが、紅を引いていた。
長い黒髪は後ろで丸く結いまとめ、それを黒い絹で包んであった。
娘は、天空から目に見えぬ糸でぴぃんと吊されているような、あるいは、背筋に硬質な芯が一本通っているような、まっすぐな姿勢で立っている。
背筋を伸ばして立ったまま、彼女は驚きに大きく目を見開いて、エルを見ている。
黒い瞳は、エルの足下から頭のてっぺんまでを、何度も往復した。
「なにぞ、ご用か?」
エルが穏やかな口調で声をかけると、娘は耳の先まで紅潮させ、その場に膝を折ってひれ伏した。
「お許しを。どうぞお許しを。若様のお姿がこの世のものとは思われずに、思わず見とれてしまいました」
阿諛追従《あゆついしょう》の言葉はエルのもっとも苦手とするものだったが、目の前の娘にはへつらいのいやらしさは見えない。
エル・クレールはため息を一つはき出し、
「確かに私はよく『この世の人ではなく、化け物の同類だ』と言われる。『世の中のことを少しも理解していない、並の人間以下だ』とも」
ちらりとブライトを見た。
エル・クレールらしからぬ、冗談めいた嫌みに、彼は苦笑いした。
顔を上げた娘は、エルの白い顔をじっと見、
「わたしは……本通りの酒屋さんに姫様のように美しくて、将軍様のように強い若君様が居て、こちらに向かってきていらっしゃるはずだから、その方をこの小屋へご案内するようにと。……その方は大変な大男を子供のようにあしらったと言うので、美しいとは言っても多分とてもお強そうな方だと思っておりました。……私が顔を知らないと言ったら、マイヤーさんが、白銀色で亜麻のようにつややかな御髪だから、どこにいらしてもすぐ見つかると教えてくれたので、きっとあなた様がそうだと思いまして、お声をかけようかどうしようかと悩んでおりましたら、あなた様から急にこちらを向かれたので、とても驚きました。それにお顔が、考えていたのとは違っていましたし、足運びが上等の踊り子よりも美しくて……」
しどろもどろに言う。赤い頬はますます赤くなり、最後にはとうとうのぼせて頭がふらつき始めた。
あわててエルが彼女の肩に手を伸ばした途端、娘は体全体を大きく一度だけ痙攣させた。両の手を胸の前で合掌させた格好で、彼女の体は硬直している。
男装した娘の細く軽い体は、棒のように固まった状態で、ふわりとエルの腕の中に倒れ込んだ。
失神したのだ。
若い娘には良くあることだ。
ギュネイ皇帝が二代目となったころから、ウエストが細くてバストの大きいスタイルが流行しており、娘達の多くはコルセットで胴から胸をきつく締めている。
特に、美しさを追求する者達は、端から見れば拷問とも言えるほどの強さで我が身を締め付けるものだから、人によっては肋骨や背骨の形が不自然に歪んでしまうという。
締め上げたコルセットの中では、胃腸も肺腑も心臓も、きつい型枠に無理矢理押し込められているような格好になる。
この状態で、緊張の度合いが極限まで高まれば、息が詰まって気を失ってしまうのも必定といえよう。
……もっとも、社交界に身を置くご婦人方の中には、倒れる方向に麗しい男の子が居るとことを確認してから失神なさる方もおられるらしいが……。
それは兎も角。
この娘はそれほどきついコルセットを締めているわけでもなく、打算で男性(に見えるエル・クレール)の腕の中へ倒れたのでもない。
極度の緊張のあまり、本当に気が遠くなって