扱うように、彼女を肩の上へ抱え上げたのだ。
「逃げるぞ」
何事が起こったのかとピエトロとパトリシアが唖然とする中、当のエル・クレールがうれしげに一言、
「はい」
答えた。ブライトはにんまりと笑み、
「それではパトリシア姫、お元気で。接待役殿もこれ以上ドジを踏まれませぬよう」
わざとらしく慇懃に言うと、その場から駆けだした。
彼の腕の中で、エル・クレールはこれ以上の幸せはないといった笑顔を浮かべている。
「パトリシア殿、またいずれゆっくりとお話をいたしましょう。それから、ピエトロ君お元気で。おそらくもうお逢いすることは無いでしょうけれど」
あっという間もない。二人は人混みの中に紛れ込むと、ホールから消えた。
入れ違いにその場へ現れたのは、ギネビア宰相姫であった。
ギネビアはピエトロ達以上のしつこさで逃げ出した二人の影を探している様子だった。
まなざしにあきらめきれない悔しさが見える。
しかし、彼女の立場であれば当然できること……衛兵に命じて二人を追わせ、捕縛する……は、全くしなかった。
ひとしきりホールの中を見回すと、彼女は深いため息と自嘲の笑みを漏らした。
「パトリシアさん、お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした。あのお二方にはもう少しゆっくりしていってもらうつもりだったのですけれど」
「いいえギネビア様。クレール様が社交をお嫌いなのは、わたくしも良く存じております。それに、今のクレール様は、なんだかとても幸せそうでしたから」
パトリシアは心からの安堵を顔いっぱいに満たして答える。それを見てギネビアも相好を崩した。
「あなたも幸せそうですよ、パトリシアさん」
彼女の視線が、ほんの少しピエトロに向けられた。
「ピエトロ、あなたにはパトリシアさんのお相手を充分に務めるように命じます。ただし、舞踏会が終わった後で、再度私のところに来るように」