明けの明星が静かに輝き始めている。
グランドパレスのダンスホールからは、後かたづけのスタッフ達すらも姿を消し、わずかな光と静寂だけが充満している。
その寒々しい広間に、人影がただ一つだけあった。
ピエトロである。
パトリシアとひとときを過ごし、彼女を彼女の控え室にエスコートした後、彼はギネビアの命令通りに謁見室へ向かった。
ところが、そこにギネビアの姿はなかった。
数本のろうそくが申し訳程度に揺れている薄暗い謁見室にいたのは、執事長ラムチョップだけだったのだ。
彼は険しい顔で帳面をめくり、彼に告げた。
「ピエトロ殿下には直ちにダンスホールに戻られますようにと、ギネビア様から承っております」
相変わらず、拒否であるとか質問であるとかを受け入れてはくれそうにない厳格な口調だった。
そこで彼は大急ぎでダンスホールに駆け戻った、といった次第である。
広々としたこのホールが、ほんの数時間前まで床も見えないほどの人で満ちていたとは、その場にいたはずのピエトロにももはや信じられなかった。彼は無性に寂しくなった。
『それにしたって、何でギネビア様は僕をここに呼び出したりしたのだろう? ……一応、へまをした分は全部取り替えしたつもりなのだけれど……。もしかして、エル君達が途中で帰ってしまったことを怒られるのかな? でもそれが筋違いだってことくらいは、ギネビア様だって承知していらっしゃるはずだ』
理由がわからない呼び出しほど、恐ろしいものはない。ピエトロは戦々恐々しつつ、しかし逃げ出す訳にも行かぬから、その場に立ちつくしていた。
やがて、一つのドアが開いた。
現れたのは、ギネビアあった。供の者もなく、ただ一人で、である。
平伏するピエトロに、ギネビアは静かに言った。
「本日は大儀でありました。ですが、あなたを褒めてあげるわけにはゆきません。むしろ罰を与えねばならないのですよ」
「あの……昼間充分お叱りを受けましたが」
「叱りはしましたが、まだ罰は与えていませんよ」
叱られるだけで充分なのではないかと思ったピエトロだが、ここで抗議などできようもない。
「あ、あの、なにとぞご寛大に……」
平身低頭そのものに深く頭を下げた。
「あなたのために、私は今日一日心が安まりませんでした。誰と歓談することもできず、誰と踊ることもできませんでした」
「申し訳ありません」
再び頭を下げたピエトロだったが、どうも納得できない。
ギネビアは今日一日積極的に来賓と語り合っていたはずだ。どうやら重要な外交相手であるらしい遠国からの来賓数名とダンスもしている。
確かにそれは総て彼女の行うべき「仕事」であったから、楽しく語り、楽しく踊ったわけではない。しかし、心から楽しめなかったのがピエトロのせいであったかのような言い様は、どこか筋が通らない。
ギネビアはしばらく何も言わなかった。
その沈黙があまりに長いので、ピエトロは恐ろしくなって彼女を仰ぎ見た。
彼女は視線をホールの隅の大窓に注いでいた。
『あの辺りは確か……そう、エル君とソードマン氏が姿を消した辺りだ』
あの二人はギネビアにとってそんなにも大切な人物であるのだろうか。いやがっている者を無理矢理にでも留めようとするほど執着している理由も、ピエトロにはわからない。
そんな彼の心の内など、察するつもりもないらしいギネビアは、押し殺した声で言う。
「では、ピエトロ。あなたに罰を与えます」
「はい」
「私と一曲、ここで踊りなさい。下手なリードは許しませんよ」
「え? あ……はい!」
罰などではない