未だ獅子を見た事のない狐が、初《はじめ》て途中で獅子と邂逅《ゆきあつ》たる時、 殆んど恐死せんとせり。其後また邂逅《ゆきあつ》たり時、少し恐れたるさまをかくさんとする心生じたり。 夫より後に又邂逅《ゆきあつ》たる時、今度はずつと接近《すりよ》つて、 「イヤ、大王、どうで御座ります」といふ樣に、なれ〜しくなりたりとぞ。
狎昵《こゝろやすだて》は輕侮《あなどり》を生ず。
昔日《むかし》は勢も盛に、いつも功《てがら》を顯《あらは》したる獵犬《かりいぬ》が、 よる年浪に衰へて、既《もは》や役に立ぬ樣になれり。これ犬或日主に從つて豬を駈出《かりいだ》し、 その耳に喰ひつきけるに、牙しまらずして豬脱《にげ》去れり。其時主人追迫り、 獲《えもの》をしんがせし罪を罵り、鞭を揚て打たんとしければ、 犬 「年のよつた私を助けて下さいませ。何も勝手でにがしたのでは御座りませぬ、 全く力が衰へたゆゑで御ります。今日の過失《そさう》を激怒《おしかり》なく、 どうぞ昔の功勞《ほねおり》を思つて下さりませ。」
人もその如く、昔勢ひ盛にして戰場に功をあらはせしも、 遂に焦悴《おひくつ》れば役に立ずなりゆく。 主として昔の功を思はず、只虐逆《むごくつか》ふものは、此狩人《かりうど》の異《ことな》らず。(補)
或圉夫《べつたう》飼馬の豆秣《かひば》を窃《ぬす》んで己《おの》が所得《まうけ》となし、 主人に怪まれじと永の夏中よく働いて、その馬の蹄鬣《つめかみ》を剪《き》り浴《あら》ひなどし、 美しく見せんと骨折ゐたれば、 馬 「汝《あなた》そんに私をよく見せ樣と御思ひなさるなら、 マア梳洗《すりみがく》のを大抵にして食物《くひもの》を充分下さりませ。」
是は本をすてゝ末を務むるものを誹《そしり》たる諭言《たとへごと》なるべし。(補)
冬の夕暮に或農夫畑より歸りくる途中で、垣《かきね》のもとに凍死《こゞえし》なんとする小蛇を見かけ、 憐《あはれ》なりと覺えければ、懷《ふところ》にして我家へ歸り、地爐のそばにさし置きけるの、 暫時の内に蛇蘇《よみがへ》り、漸《やうや》くにして首《かうべ》をあげしが、 爐のまはりに遊《あそび》ゐたりし童兒《こどもら》を見て舌を吐き、 追かけ追まはしたりければ、老農《おやぢ》大に怒《はら》を發《た》ち、 ありあふ手斧をおつとつて、忽ち是を打ひしげると。
人もまたその如く、もし恩を受て恩と思はず、かへつて惡事をなすものは、 人の怒を免れず。
むかし或處に蛙と鼠と心安く暮せしが、今迄の地は住惡《すみにく》しとて、 ともに他郷へ移る事を約し、相伴《うちつれだち》て出立せり。 その道に蛙至つて親切に見えて、朋友《ともだち》の路を踏違へぬ樣にと、 鼠の前足を己が後足へしばりつけ、案内をして躍行《とびゆき》しが、 忽ち小河の涯《ほとり》に出たり。そのとき蛙は鼠を勵し、いざ渡んと水に躍込《とびこみ》、 ともに河中まで泳ぎ行《いで》しが、蛙忽ち本心をあらはし、鼠を水中へ引入んと、 急に水底へくゞり入る。しかるに鼠は引込れじと、水面にありて騷動せり。 時に一羽の鳶河上《かし》に騷ぐ鼠を攫《つか》んで、たゞ一翼《ひとのし》に翰飛《とびあが》れば、 蛙もともに空の吊され、同じ禍《わざはひ》にかゝりけるとぞ。
勘辨なく損友《あしきとも》と遊べば、果は禍《わざはひ》にかゝるべし。 また隣人を傷はんと機巧《たく》めば、自己《おのれ》も其禍《わざはひ》に連累《ともなふ》に至らん。
或笛自慢の漁人《れふし》、漁に出、海面《うみのうへ》に魚の多く群たるを見て、 吾もし茲《こゝ》にて面白く笛をふかば、魚はその調子に乘《のり》て濱へ踊りあがるなるべし。 これ網を投《うつ》より上策《はやでまはし》なりと、例の笛を吹出せしが、 魚は一向感ぜざりけり。そこで漁人は立上り、此手ぢや行かぬと笛をおき、 網を取り打入たれば、數多の魚鱗《こうを》一網にかゝり、砂の上へあげられたり。 其時漁人魚の活溌《をどりはねる》のを見て笑ひながら、「チヨツ、吾《おれ》が笛を吹たとき、 汝輩《てめえたち》が踊らねえから、汝輩《てめえたち》が今踊たとて、 吾《おれ》は少《ちつと》も構ヤアしねえぞ。」
時と道とによつて爲すを、策の最も上なるものとす。なんぞ笛を吹いて魚を捕る事を得べき。
或山の麓に住ける樵夫《きこり》、山靈《やまのかみ》と懇意になり、 一夕《あるゆふ》栖所《すみか》へ尋行《たづねゆき》しに、 ころしも極寒《ごくかん》にて冷《つめた》くありければ、 きこり指を口に當て吹くと、主人怪んで、それは何をなさるのぢやととふ。 きこり指先が餘り凍えて覺えなきゆゑ、暖めるので御座いますと答ふ。 やがて食物を出せしに熱くして食ひ難ければ、きこり皿を口へあてゝ吹くと、 主人また何をなさるぢやととふ。きこり、羹《すひもの》が餘り熱きゆゑ、 冷《さま》すので御座りますといふと、山靈《やまのかみ》忽ち色を變へ、 吾は以後御邊《ごへん》と交通《つきあふ》まじきぞ、 同じ口より熱くも冷くも、其ときなりに息を出す人とは、何事をも共になしがたきぞといひける。
是は人と交るに、言毎《ことごと》にかはり信《まこと》なきものは、 終に友を失ふといふ諭言《たとへごと》なり。(補)
犬、牛舖《うしや》より肉一塊《ひときれ》盜出《ぬすみいだ》し、 引くはへたまゝ溝をわたるとて橋の中ほどに至る時、其影の水へ寫れるを見て、 他の犬己《おのれ》のくはへ居るより大きな肉を銜居《くはへを》るよと心得、 夫をもまた吾《わが》ものにせんものをと、水に寫れる肉にくらひ付きしに、 今まで己《おのれ》が銜《くはへ》し肉水底に沈み、前に得しものをさへ一時に併せ失ひけるとぞ。
諺に、影を握《つか》んで實《もの》を失ふといふ事あり。凡《すべて》世の人々は、 浮雲《うき》たる富を慕ひては、固有せる眞の寶を失ふ、淺ましき事ならずや。
或狼、流河《ながれがわ》の上流《みなかみ》に徘徊し、 遙か下流《かはしも》に羊兒《こひつじ》のあそび居るのを伺ひ、 如何にしてか手に入れんものをと、まづ己が辭《いひぶん》をこしらへて、 羊の方へかけ來り、 狼 「此愚羊《ひつじめ》、汝《うぬ》は我《おれ》が飮んで居る水を濁しやがつたな」といへば、 羊丁寧に答へて、「私は下流《かはしも》で飮んで居ましたのだから、 假令《たとへ》濁しましても上流《かはかみ》には絶《とん》と害《さはり》は御座りませぬ。」 狼 「夫はさうだとて、汝《うぬ》は一年前の吾《おれ》を惡く云つたな。」 羊ふるへながら 「えゝ、汝《あなた》一年前には私はまだ生れませぬ。」 狼 「イヽ、假令《たとへ》汝《うぬ》でないとて、汝《うぬ》の爺翁《おやぢ》がさう云つた。 やツぱり汝《うぬ》が云つたも同然だ。 それが乃公《おれさま》の餌食をのがれる謝辭《いひわけ》になるものか。」と云つて、 直《ぢき》に弱羊《こひつじ》に躍《とび》かゝり、寸々《ずた〜》に引裂き食ひけるとぞ。
暴人に向つて分解《いひわけ》は通り難し。たとへ無辜正理の人なりとも、 惡人の威勢《いきほ》ひ熾《さか》んなる時には、これに勝事《かつこと》あたはずと知るべし。
或砂糖類を商ふ店にて、蜜蜂の壺割れ、蜜こぼれいでければ、數多の蠅群り來て、 一滴《いさゝか》も殘《あます》まじと是を貪り居たり。然るに少時《しばらく》たつといづれも足重く氣ふさがりて、 飛むとするに飛べず。そこで蠅が皆歎息して、「アヽ、我輩《わしども》實に愚だつた。 只一時の飮樂《いんらく》のために大切な命を失します」と、口々に悔合《くやみあ》ひけるとぞ。
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