或鷄病《やん》で塒《とや》につくと、猫親切に見舞に來て、枕頭《まくらもと》へすわりより、 ねこ 「足下《あなた》、奠恙《おあんばい》は如何で御座ります。なんぞ御用があるならいたしませう。 なにか御入用の物でもありますか。なになりとも世間にあるものなら、私が持つて參りませう。 御遠慮なくさうおつしやりませ。イサヤ決して御騷ぎなさるな。落付て御出なさい」といへば、 にはとり 「難有《ありがたう》御座ります。私にはドウモ足下《あなた》の御心配《おかまひ》下さらぬのが、 一番好《よう》御座ります。」
來てもらひ度くない客人は、別辭《いとまごひ》の時に、イヤよく御歸んなさるといふわけぢや。
狐、狩人《かりうど》に追ひかけられ、山番小屋の近所へ逃て來て、 番人の木を鋸《きつ》て居るのを見て、「旦那、ちよつと隱れさせて下され」と云へば、 番人が「彼所《あそこ》へ」と云ひながら番小屋を見かへるゆゑ、狐其意を領《さと》り、 喜んで内へ跳込み、方隅《かたすみ》に隱れて居ると、やがて馬に乘た相公《とのさま》二三人追來《かけきた》り、 「ヤイ、山番、狐が來ヤアしねえか」と云へば、番人が否《いゝえ》と云ひながら、隅の方へちよつと指を點《さ》す。 されど相公《とのさま》は一向悟らず、「夫ぢやアもつと先だ」と、また鞭を揚て駈出す。 そこで狩人《かりうど》の影《すがた》が見えなくなると、 狐がヤレうれしやと逃出《とびだ》して往《ゆく》を、番人見付けて、 「ヤイ畜生め、助けてもらつて禮も云はずにゆく奴があるものか」と云へば、 狐ふりかへり、難有《ありがた》イ旦那さんぢや、もしあなたが口のやうに御親切なら、 どうして御挨拶をせずに去《いき》ませう。」
如何《どの》やうに口上がよくとも、する事が惡ければやはり不好《いけませぬ》。
或鴉渇《かつ》に堪《たへ》かねたる時、はるか向《むかふ》に水瓶《みづがめ》のあるを見付け、 よろこんで其處へ飛おりて見ると、水低うして啄《はし》とゞかず。 さればとて瓶を破《わら》んにも覆《かへ》さんにも力はなし。 如何せんと當惑して居たりしが、不圖《ふと》思ひついて、傍にある砂石《じやり》を啄《くは》へ、 一ツづゝ瓶の内へ落すと、水量《みづかさ》が段々増て來て、終《つひ》に縁まであがりし故、 是を飮んで死を免れたりしと。
既《もは》や力が及ばぬといふ處で、巧智《ちゑ》と忍耐《がまん》とが功を奏《なしま》す。 そこで窘迫《ひつし》といふ事が、いつも發明の根《もと》で御座る。
一日《あるひ》片眼《めつかち》の鹿、海邊《かいへん》に出て草をはむに、 失《しひ》たる眼を海の方にし、明《みえ》る眼を陸《をか》の方にし、 是では假令《たとへ》狩人《かりうど》が來ても、眞に一目瞭然だと、 安心して遊んで居ると、武士兩三人舟遊《ふなあそび》に出かけ、 あちこち漕《こぎ》まはつて、海岸に鹿の居るのを見つけ、 有合ふ弓に矢を注《つが》へ、忽ち是を射てけり。其時鹿肩息ついて云ひけるは、 「嗚呼吾《わし》ほど運の微《わるい》ものはないゾ。 なんでも危殆《けんのん》だと思つた方は安泰で、大丈夫だと見込んだ方から敵が來《ござ》た。」
なんでも災害《わざはひ》は思ひもよらぬ方から來るものぢや。
或時人の四肢五官《てあしくちなど》、胃腑《ゐぶくろ》に向つて一揆を起し、 各申合けるは、我々はかく晝夜となく働いて、頻りに食物《くひもの》を仕送るに、 彼は座して食ふのみにて、絶《とん》と我等に報ひんともせず、 所詮我輩《わがともがら》今日より働を止め、此怠惰《ぶしやう》ものゝ仕送りをせざるに如《しか》ずと、 足は食堂《しよくじべや》へゆく事を止め、手は食物を口へ持込む事を止め、 口は是を受取る事を止め、齒は是をかむ事をやめ、鼻は是をかぐ事を止め、 目は是を見る事を止め、耳は飯時《めしどき》の半鐘を聞く事を嫌ひ、 如此《かくのごとく》にして兩三日たつと、胃腑《ゐぶくろ》全く飢渇《ひあがつ》て、 手足は痿《よわ》り、目は眩み、全體の衰弱きはまりたり。 其時胃腑一揆黨《いつきがた》に向ひいひけるは、「ナント汝輩《おまへたち》は馬鹿な衆ぢや。 是で今分りましたらう。今まで吾《わし》の處へ仕送つた食物をば、 何も吾《わし》が自分の用にばかり遣《つか》ひはしませぬ。 いつも夫を結構な液《しる》に釀《こな》して、血の製造場《とひや》へ送りました。 夫が即ち汝輩《おまへたち》が吾《わし》を養ふ事に勞《かゝつ》たとおいひなら、 吾《わし》も亦汝輩《おまへたち》に食物拵《くひものごしら》へにばかり暇を費したといひます。 マアいひづくにすると其樣《そん》なものだから、ナント皆の衆折合《をりあひ》て、 以來よく働きませう。さうせぬとおたがひの爲になりませぬ。」(經)
朋友《ともだち》ふたり聯立《つれだち》て旅行せしが、山路《やまみち》にて熊に出逢たり。 壹人《ひとり》は遠《とほく》より來る熊を目ばやく見付けて膽《きも》を消《つぶ》し、 同伴《みちづれ》にはとんと構ひもせずに、唯我獨《いつさんまい》に樹の上へかけ上る。 然るに後《あと》の壹人は少《ちつ》と遲く見つけたゆゑ、既ににげる間合《まあひ》もなく、 又手に何も持《もた》ぬゆゑ防ぐ事も出來ず。 そこで熊は死人に構ぬものと兼《かね》て聞てゐた説《はなし》を頼《たのみ》にして、 死んだ眞似をして地に倒れて居ると、熊はやがて近付來て、耳や鼻や胸のあたりをあちこちと嗅廻り、 しきりと氣息《きそく》を伺ひたれど、絶《たへ》て生て居る樣子なければ、これは例の行倒《ゆきだふれ》ぢやと、 冷然《すご〜゛》と立去ると、樹の上へにげた友人《ともだち》がする〜と降來て、 下に居た友人《ともだち》に向ひ、「今熊が汝《おまへ》に何か耳語《みゝこすり》した樣だが、 何を云ひました」といへば、倒て居た友人《ともだち》がおかしさをこらへて、 「イヤサ、さしたる密談《ないしよばなし》でも御座らぬ。彼《あの》熊のおしへたに、 なんでも危急《けんのん》な時に爲身《みがまへ》ばかりして友人《ともだち》を見捨るものと交接《つきあふ》には、 如此《かう》々々せよと云つたのさ。」
獅子、驢馬、狐、倶《とも》に云ひ合せて狩に出て歸りしに、獲物甚だ澤山なり。 獅子驢馬に命じて是を分たしむ。驢馬其肉を三分《みわけ》し、獅子と狐の前にさし置き、 「サア各位《ごめい〜》御引取なされ」と云へば、獅子甚だ不適意《ふきげん》にて、 一言にも及ばず驢馬を引裂《ひきさき》たり。そこで獅子又狐を呼《よび》、 肉を分《わか》てと云付けると、狐委細領承《かしこまつ》て、以前の肉を一堆《ひとまとめ》にし、 其内より己《おのれ》の分と云つて只纔《わづか》の肉を取りのけ、 あとを殘らず獅子の前へさし出すと、獅子王忽ち氣色《きげん》が直り、 「誰が這樣《こん》な至公《たゞし》い分ケ方を卿《きさま》に教《をしへ》た。」 狐 「ヘエ、ナニ私は驢馬の薄命《ふしあはせ》から知りました。」
自から不幸に遇て悟らんより、他《 ひと》の不幸を以て鑑戒《いましめ》とせよ。
獵人《かりうど》に追れて逃迷《にげまよつ》たる鹿、或百姓を見かけると駈込んで、 恰好《ちやうど》あけてある牛部屋へ跳込み、 片隅に積んである藁の中へ隱ると、繋《つなが》れて居る牛聲をかけ、 「汝《おまへ》は何でこんな人目の多い處へ逃こんだのだ。」 鹿 「マアいゝから默つて居て呉《くん》なせへ。 好機會《いゝまあひ》を見ると直《ぢき》に他處《わき》へ行《ゆく》から」と云つて、 彼是する内薄暮《ゆふぐれ》になると、 牛奴《うしかひ》が夕秣《ゆふがひ》をやりに來る、作男が何か急《いそが》しさうに度々出入りする、 番頭さんが見廻りに來てあちこちと[去|曷;#2-14-24]來《うろつい》てゆく。 しかし隱れて居た鹿には誰も氣が付かずに仕舞ふと、 鹿は萬端相濟《ばんたんあいすん》で安心の時候《ばあひ》になつたと、 藁の中から聲をあげ、牛へ庇蔽《かくまは》れた禮をのべ、勃然《むく〜》と起かけると、 牛が低い聲で「アヽ、もうちつと待なせへ。 まだ此家《こゝ》に百人前の眼珠《めのくりだま》を持《もつ》てる人があります。 若し夫が來チヤア汝《おめへ》の命は危《あぶない》ものだ。」と話して居る處へ、 當家の主人晩餐《ゆふめし》を喰畢《くひしまひ》、夜の樣子を一巡り見て來やう、 なんだか此頃は牛の樣子が惡い樣だと、先づ牛部屋へずつと這入、槽《かひをけ》を見て大聲をあげ、 「なぜこんなに秣《かひ》を少くする。エ、なぜ藁をたんと敷《しか》ネへ。 エ、膽《きも》がつぶれラア。云付けた蛛網《くものあみ》がまだ掃《はら》へねヘナ。 此少許《これんばかり》の事にいつまでかゝるのだ」と小言を云ひながら、 東西《あちこち》見廻して、藁の中から角尖《つのさき》がちよつと出て居るのを見つけ、 主人 「ヤア、鹿が居た、鹿が居た」と、叫號《どなる》と、若《わかい》ものが大勢駈つけて來て、 忽ち手捕《てづかまへ》にしたりけるとぞ。
なんでも主人ほど目の屆くものはない。
獵犬《かりいぬ》、茂叢中《ぼきのなか》から兎を毆[注:驅出の誤り?]出《かりだ》して、 遠くまで追かけしに、兎運強くしてにげのびたり。時に途中で行合たる野羊飼《やぎかひ》が、 犬の失意《すご〜》立歸るのを見て笑ひながら、「二疋の内ぢやア中々兎の方が疾足《かけて》ぢや」といふと、 犬がこたへて「汝《あなた》、獨りは食ふが爲にかけるのに、獨りは命の爲にかけるのじやものを。」
なんでも命がけにするものが一番強《つよい》サ。
いづれの頃にか有けん、海豚《いるか》と鯨との間に軍旅《いくさ》起りし事ありけり。 戰盛なる時に當つて、鰮魚《いわし》其場へ罷出《まかりいで》、 雙方をなだめ引分けんと周旋しければ、一疋の海豚《いるか》聲をあらゝげ、 「足下《きさま》打捨《うつちやつ》て置きなせへ。 汝《おめへ》の取扱で生るくらひなら、打合て死ぬ方がましだ。」
仲人に出て物事を治るのも、夫ほどの威望《かほ》がなければ人が承知しませぬ。 餘り輕擧《ちよこざい》な事をせぬ方がよい。(補)[目次] [前章] [次章]