通俗伊蘇普物語:第五十一〜六十

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第五十一 ヘルキュス權現と車引の話(67)

或農夫《ひやくしやう》馬に車を引かせ、泥濘《ぬか》る小路にかゝりけるに、 車輪《くるまのわ》、泥土《ねばつち》の深みへめりこみ、馬いさゝかも進まれず。 そのとき男是を推出さんと骨を折らずに、只一心にヘルキュス權現を祈り、 此難儀をすくひたまへ、助け給へと願ひければ、權現さすがに見過し給はず、 忽ち天降《あまくだり》まし〜て、「汝徒《いたづら》に我のみを頼む事なかれ。 汝先づ汝の肩を車にかけ、手をもつて輪を一塗《いつさん》に押《おす》べし。 天は只自から助からんと力を盡すものを扶《たす》くるものぞ」と、教解《けうげ》し給ひけるとなり。

如何に信仰すればとて、自から勉めざるものは、神佛も扶け給ふに術《みち》なし。

第五十二 兎と蛙の話(70)

或頃兎ども四方より敵をうけて、最早仕合の取直《とりなほ》しかたもなく、 自滅するより外なしとおもひつめ、一同いひ合せて水中へ身を沈《なげ》んと、 池の方へ脱走《かけゆき》たり。此とき多くの蛙が池の邊《ほと》りに出て遊び居りけるが、 今兎の群《むらがり》來るのを見て、あわてさわいで水の中へとびこむと、 眞先に進んだる兎立止り、「我友《みんな》マア待なせへ、 我輩《おれたち》はまだそんなに思ひ切る場合でもなかつた。 此處に吾人《おれたち》よりもつと薄命《ふしあはせ》の奴があるぜ。」

他人《 ひと》の不幸に比べて吾心を安んずるな。 但し氣力をつけよ。なんでも世には吾より勝る薄命《ふしあはせ》のものがありと思ふべし。

第五十三 農夫《ひやくしやう》と鸛《かう》の話(71)

或農夫《ひやくしやう》、蒔《まき》つけたる田を啄荒《くひあら》す鶴を捕《と》らんと、 [四/瓜]《ひるてん》を仕かけ、夕方になりて往《いつ》て見れば、 多くの鶴かゝりゐて、内に鸛《かう》の鳥一羽交り居たり。 時に鸛哀れな聲を出して、「私は鶴では御座りませぬ。 私は決して汝《あなた》の御蒔《おまき》なさつた穀物を喰《くひ》はしませぬ。 私は罪のない可哀《かわいさう》な鸛《かう》の鳥で御座ります。 どうぞおゆるし下さりませ。どうぞ御助け下さりませ」といへど、 農夫《ひやくしやう》は中々承知せず。いよ〜首筋を取詰て、 「なるほど汝《てめへ》のいふ處は皆誠實《ほんたう》だらう。 しかし汝《てめへ》は穀物を荒す奴と一緒に己《おれ》の手に捕たのだから、 汝《てめへ》も共に難儀をしなければならねへ。」

友惡ければ、其身正しといふとも人信ぜず。

第五十四 釣師と小魚《こうお》の話(72)

或處に魚を釣《つり》て生業《なりはひ》とするものあり。 夏日《なつのひ》終日《いちにち》釣をしても所獲《えもの》なく、 夕方になりて歸らんとする時、漸く小鮮《こざかな》を一尾《ぴき》釣りあげたり。 其時小鮮《こざかな》あわれな聲を出して、「御助け下され。私はまだ小さう御座ります。 中々食料《あがりもの》にはなりませぬ。どうぞ河へ返《もど》して下さりませ。 私が大《おほき》うなりまして、丁度食《あが》れる頃になりますと、 必《きつと》此所《こゝ》へ參りまして、又御手にかゝります。」といへば、 釣師首をふつて、「否々《いや〜》吾《おれ》は今汝《てめへ》を捕へた。 もし汝《てめへ》を水の中に返《もど》したなら、其時汝《てめへ》は、 サア捕《とつ》て見サイナだらう。」

諺に、手にある鳥は、林の内の二羽にも充《むか》ふと云ふぞや。

第五十五 猿と駱駝の話(73)

或時走獸《けだもの》の大會ありしに、猿席上に於て所謂猿樂《さるまひ》を奏したり。 衆皆《みな〜》是を見て興に入り、喝采《ほめたて》る事かまびすし。 其時駱駝勃然《むつと》してたちあがり、負ずに踏舞《すゝはきおどり》を始めると、 誰も是を見るに堪《たへ》ず。果はひとしく立ちかゝつて、 拳《こぶし》を揚て打ちなやませ、構《かまへ》の外へ追出しけると。

諺に、袖のかゝる所より外へ手を出すなといふ事あり。 必ず自己《おのれ》に不應《かなひ》もせぬ要らざる所業《まね》を爲す事なかれ。

第五十六 牝獅子の話(75)

或時毛蟲《けもの》あつまりて、眷族《けんぞく》の多きを誇爭《ほこりあ》ふ事ありしが、 其論次第に片付きければ、遂に獅子と其多少を比べんと、 群獸《みな〜》獅子の洞窟《ところ》に來り、先づ牝獅子に向つて、 「汝《あなた》は何疋子を擧《うま》しやツた」といへば、 牝獅子目を怒《いから》せ肱を張り、「我《わたし》には唯一疋でも此雄兒があります。」

質《しろもの》惡くして數多からにより、 寧《いつそ》少くとも質《しろもの》の好《よか》らん方《かた》勝なり。

第五十七 薪の束の話(76)

或[にんべん|倉;#2-01-77]父《ゐなかうど》、 家兒《こども》兄弟喧嘩して家眷《かない》の[門&兒]墻《おだやかなら》ぬのを憂へ、 是を和睦させやうと、種々《いろ〜》言葉を盡したれど聞入れず。 依つて譬を設けて是を諭す事を工夫し、或日家翁《おやぢ》兄弟《こどもら》を呼寄せて、 吾《おれ》の前へ薪を一把持て來いと云ひ付けたり。やがて兒輩《こどもら》薪を持來りたれば、 緊々《しつかり》と是を束ね、此儘是を折れと云ひ付けたり。 よつて兄弟代る〜゛に手をかけ足をかけて折らんとすたれどもをれず。 そこで家翁《おやぢ》束を解て、各々《めい〜》一本づゝあてがつて、 サア是を折れと云ひ付けたり。此度《こんど》は兄弟《こどもら》易《たやす》く是を折得たり。 其時家翁《おやぢ》莞爾《わら》ひながら、「それだから吾兒《こども》よ、 汝輩《そちたち》中よく合體して居る内は、力が強く仇を防ぐに充分なれど、 もし分裂《わかれ〜》になる時は、力が弱つて守るに足ぬぞ。 以後は決して喧嘩をするな」と、懇《ねんごろ》に戒めたりけるとぞ。

同心合力は勢《いきほひ》を生《な》す。

第五十八 武夫《ぶし》と獅子の話(77)

或武夫《ぶし》獅子と聯立て歩行《ある》きながら、 互に力自慢をして、イヤ人間が強い、ナニ獅子が強いと云募《いひつの》る折ふし、 路傍《みちばた》に勇者が獅子を踏《ふま》へてゐる石像の立《たて》てあるのを見て、 武夫 「コウ、是より汝《おまへ》の方が強いと云ふ何ぞ證據があるか。」 獅子 「夫は手前勝手の云方《いひかた》じや。もし我輩《わしたち》が石工《いしく》であつたなら、 人間の足の下に一疋の獅子といふ處へ、獅子の足の下に二十人の人間だらう。」

人は只自分の方へばかり、都合の好樣《いゝやう》な事をいふものじや。

第五十九 乳母《はゝ》と狼の話(78)

或夜狼餌をさがして、東西《あちこち》あるき廻り、或家の窓下《まどした》を通りかゝると、 丁度小兒の泣聲がして、乳母《はゝ》の叱る聲聞えたり。 狼何事にやと佇立《たちどま》り、耳を聳《たて》て是を聞くに、乳母《はゝ》の聲にて、 「サア、坊や泣《なき》なさんな、聞ないと狼に投與《くは》せます」といふゆゑ、 狼、しめたり、好《いゝ》下物《くひもの》にあり付いたと、 軒下に潛然《じつ》として待て居ると、やがて夜もふけ兒も泣止めば、 再度《ふたゝび》乳母《はゝ》の聲にて、「ウム、好《いゝ》兒だ、 もし狼が喰《くは》ふとて來たなら打殺してやるぞ、ウム、打殺してやるぞ」といふゆゑ、 狼は全《まる》であてがはづれて、これは山窟《うち》へ歸るのが遲くなつた、 腹がへつたとつぶやきながら、急いで山へ走歸《かけかへ》りけるとぞ。

人は多く口でいふ事と腹で思つてゐる事と、表裏《うらおもて》のものじや。 諸君《みなさま》油斷をなさりますな。

第六十 猿と海豚《いるか》の話(79)

昔日《むかし》廻船《くわいせん》に乘込むに、狒狗《ちん》か猿を携へて、 船中に與具《もてあそび》にする風習《しくせ》ありけり。 某《ある》人海旅《うみぢをゆく》に猿を連れて廻船に乘込みしが、 その船アツチカ(ギリシヤの地名)のソニュームといふ岬をかはせて駛《はし》る時、 颶風《はやて》にはかに吹起り、船覆《くつがへ》りて乘組のもの皆海中へ落入たり。 時に海豚《いるか》、猿の水中に浮沈《うきつしづみつ》するを見て人かと思ひ、 己《おのれ》是を救はんと、直《ぢき》に猿を脊の上に乘せ、きしを目がけて泳行しが、 やがてアテネ(ギリシヤの都の名)の港なるピレースの向《むかふ》へ近付きたり。 其時、海豚聲をかけて、「相公《だんな》、汝《あなた》はアテネの御人《おかた》で御座るか。」 「ヱヽ、左樣サ、其地《そこ》の有名《なだゝ》るものゝ壹人で御座る。」 海豚 「夫じやア汝《あなた》はピレースを御存知の筈じや。」 猿早のみ込にてピレースを豪富《なだゝ》る町人の名と心得、 「ヱヽ、夫は私の最《もつとも》近敷《ちかしく》する朋友《ともだち》の壹人で御座る」といへば、 海豚は猿の説[言|荒;#2-88-68]《うそつき》にあきれはて、 「足下《おまへ》の樣な説[言|荒;#2-88-68]《うそをつく》人はどうでも隨意《かつて》になさるが好《いゝ》」と云つて、 波の底に沈みけるとぞ。

知らざるを知らざるとの聖言《をしへ》を守らず。是が所謂猿悧巧なるべし。(補)

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osawa
更新日: 2003/04/08
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