幻惑の【聖杯の三】 − 【7】

いことに対する感情ではなく、どうやらゲニックが「人を試すことを楽しんでいる」らしいことに対するそれであった。
 ……自分にもその気があると言うことは、棚の上にしまい込んでいるようだが。
 思惑はそれぞれだが、三人が三人とも黙り込んでいるという事実には変わりない。ゲニック准将は再度、
「試験をして良いのだな?」
 先ほどよりも少し強い拍子で言った。
「かまわんじゃろうて」
 答えたのは、シィバ老だった。
 旅人達は同意や否定を口にしなかった。
 いや、する間がなかったのだ。
 部屋の四隅に立っていた鎧が、強烈な悪臭を吐き出して動き出した。
 そいつらは、間違いなく呼吸をしている。獣の臭いを発している。高い体温を発している。
 だが。
「生き物では、無い!」
 エル・クレールは叫びながら飛び退いた。
 手にした戦斧や矛を床に叩きおろした勢いは、のそりとした巨躯からは思いもつかない速さであった。
「気に喰わねぇな」
 ブライトは足元にめり込んだ斧の先を見、唾を吐いた。
 すると、
「きに、くわ、ねぇ、な」
 鎧の中から鸚鵡返しに声がした。耳障りなイントネーションで、酷くノイズの混じった音だった。
「しゃべった?」
 エル・クレールの驚声も、
「しゃ、べっ、た」
 彼女の背後を取った鎧がなぞる。
 その鎧は、大槌を手にしていた。
 思わず、彼女はブライトにしがみついた。まるで犬に吠えつかれた童子のように震えている。
 ブライトはその怯えた瞳を見て、
『十三歳の、餓鬼か……』
 急にこの男勝りがかわいらしく思えてきた。
「派手に怖がるな。ありゃあ、オークなんて呼ばれ方をすることもあるが、要するにただのブタだ」
 そう言って笑いかけると、エル・クレールは目の色を怯えから疑問に変えて、彼を見上げた。
「ほらよ!」
 ブライトの脚が、垂直に跳ね上がった。
 爪先にはじき飛ばされた兜の面当ての下には、確かに低くひしゃげた豚鼻があった。
「ブタ、と、いった、な」
 その豚鼻の下で、牙の隙間からよだれを垂れ流している口が、もぞもぞと動いた。
「悪ぃな。訂正するわ」
 ブライトは四つの大鎧を見回すと、振り上げた脚をゆっくりおろした。
「お前らをそう呼んだら、本物の豚がかわいそうだからな。何しろお前らと来たら、煮ても焼いても喰えないクセに、木だろうが草だろうが獣だろうが人間だろうがお構いなしに食い散らかした揚げ句、牛だろうが馬だろうが豚だろうが人間だろうが手当たり次第に犯しやがる」
「ガァァァァッ!」
 それは、弛んだ頬肉を震わせて吼えた。太い腕が巨大な鎚を振り上げ、振り下ろした。
 目標は、ブライトの頭蓋骨だった。もっとも、それは石ころの上に置いた胡桃ではない。
 ブライトはエル・クレールの細身をひょいと抱き上げると、オークの間合いの内側に入り込み、流れるようにその背後へ回り込んだ。
 鎚が床板を粉砕するのと、ブライトがオークの尻を蹴り飛ばすのとは、ほとんど同時だった。
 オークの身体は、自分が開けた床の大穴に、勢いよくずっぽりとはまりこんだ。
「力任せのクチかと思っていたが、速さの方が武器か」
 ゲニック准将は不思議そうにつぶやいて、軽く右手を挙げた。
 それが試験終了の合図で、オーク達は再び鎧掛けよろしくぴたりと停まる……はずであった。
 ところが。
 床板をぶち抜いて地面とキスをしているヤツの、その無様な臀部を見せつけられた残りの三匹が、合わない鞍を乗せられた奔馬の勢いで暴れ出したのだ。
 矛が家具をなぎ倒し、戦斧が壁を打ち抜き、剣が天井を突き抜ける。
 それぞれ


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まろやか連載小説 1.41
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