はない叔郎の、しかも何年続くかも判らない勉学の費用を、援助してくれるのだろうか。
それに、いくら草鞋を売って糊口をしのがねばならぬ暮らしぶりだとは言っても、「他人」から援助を受けることは心苦しい。
答えることの出来ない又従弟の肩をぐいと掴むと、徳然は力強く説いた。
「母は反対するだろうが、父は出してくれる。父は、お前を高く買ってくれているからね。まるで口癖みたいに『叔郎は並みの子ではない。一族の中で、あれが一番見込みがある』と言っているんだ。……毎日、私の顔を見る度にね」
徳然の顔は笑みで満ちていた。まるで、自分が毎日褒められているように。
「本当に叔父御が俺の学費を出してくれると言うのなら、こんな嬉しい事はないよ。けれど……」
それでもまだ躊躇する叔郎の肩を、徳然は強く叩いた。
「自分に都合の良い『他人の親切』は、利用しなければ損なだけだ。ましてや、一族の親心だ。有り難く受けておけ」
随分と迷った後、叔郎はようやく笑った。
「有り難う」
それは、はにかみと寂しさと力強さが融合する、なんとも不思議な微笑だった。
叔郎が時折浮かべるこの微かな笑みは、なぜか他人に安堵感を抱かせる。
『きっと、父もこの笑顔に憑かれたんだろう。なにしろ私が魅かれるくらいだから』
徳然の口元も、自然とほころんでいた。
小さな風に乗って、子供の嬌声が聞こえた。
荒屋の厨房から、宴の気配が漂って来る。
徳然はそれを鼻孔の奥で感じ取ると、腹の虫を押さえつつ、改まった調子で叔郎に問いかけた。
「さて、宴を始める前に一つ聞きたい。元服するとなると、名を改め、字を付けねばならない。名付け親が必要なら、父に頼んでやるが?」
「申し訳ないけど、遠慮しておくよ」
叔郎は首を横に振った。
「実は父が、生まれたばっかりの赤ん坊に、立派な名前を遺してくれていてね。……立派すぎて、本人が悩んじまう位のを、さ。でも、その大層な名を名乗る決心が、このごろようやく付いたんだ。それに合うような字は、もう自分で考えたし」
「へぇ、どんな名だい?」
徳然が身を乗り出して訊く。
叔郎は嬉しそうに笑った。
「名はビ。字はゲントク」
重ねて問う。
「どんな文字を書く?」
今まで劉叔郎と呼ばれていた少年は、長い腕を伸ばすと、中空に三つの文字を書いた。
『 備 玄徳 』
その瞬間、突風が吹いた。
少年の名を抱いた風は、桑葉の天蓋を揺らしながら、蒼天へと昇って行った。