番外編 夢想の【戦車】 − 【2】

ンだから、当然だ。
「だが、今はここに居ます」
 口が勝手に動いた末の言葉だが、これに関しては脳味噌の違和感が少なかった。
 顔を上げたクレール姫の頬に、次第に安堵の笑みが広がってゆく。手の中の「ピリピリした不安」がほんの少し薄らいだのが解る。
 俺はクレールの身体を自分から引き離した。
 当然、本心じゃない。
 いくら現実的じゃなくとも、滅多にこんな状況には巡り会えない。できることならこのまンま、コイツを抱きしめていたいンだが、残念なことに相変わらず身体の自由が利かないのだ。
 気味の悪い鳥肌を全身に沸き立たせながら、俺はクレール姫の両親の方を見、
「嫁入り前のお姫様が、ご両親の前で男にしがみついているのは、あまり上品な行為とは言えませんよ」
愛想笑いを浮かべた。
 老大公ジオ3世は、かなり複雑な笑顔で応えてくれている。
 この年老いた小貴族は「陛下」の尊称を受けることを許された希有な存在だった。
 この尊称は皇帝と皇后にのみ許されている物で、他の者は、たとえ自治州の王様でも有名無実の子爵様でも、そして自分の部下に帝位を奪われた元皇帝陛下でも「殿下」でないといけないってのが「決まり」だ。
 先妻との間の子を二人までも病によって失った彼にとって、クレールはまさしく一粒種だ。
(相棒にとっては兄に当たるこの二人の皇子の死に関しては、簒奪皇帝ヨルムンガンド=ギュネイが暗殺したなんていう焦臭い噂もあることにはある。だが、ジオ3世自身がそれを否定しているのだから、「病死」の方を信じてやる方が無難だろう)
 しかも、かなり高齢になってからようやく生まれた「目の中に入れても痛くない一人娘」と来ている。その愛娘が男の腕ン中に居るという状況を……それが例え娘の自発的行動であっても……見せつけられては、心中穏やかならぬ筈だ。
「全く、じゃじゃ馬で困る」
 穏やかにそう言いながら、険しい視線で俺の方をにらみ付けている。
 一方、若い妃の方はというと、一応、
「本当に」
などと夫に同意しているが、むしろ娘が淑女らしい「男に頼り切った言動」をしていることがうれしいらしい。ニコニコと笑っている。
 このクリームヒルデ妃という人物も、ある意味で不幸な女だ。
 本来ギュネイ帝室とは縁もゆかりもないハズだった。ところが、母親が初代皇帝のヨルムンガンドと再婚したばっかりに、そして父親違いの弟フェンリルが生まれて、そいつが二代皇帝なんぞになっちまったがために、皇女として政略結婚の手駒にさせられ、20も年上の親爺と娶されたンだから。
 ま、確かに可哀想ではあるが、俺はこの人に感謝しないといけない。
 彼女の素晴らしく肉感的な魅力が、亭主の細身で鋭角な体格と混じった成果が、クレールな訳だからな。
 さて。
 俺から引き離されたクレール姫には、親衛隊のファテッドがぴったりと張り付いた。
 この娘ときたらとんでもなく大柄で、その上ミッドの先住民族特有のエスニックな顔立ちをしているものだから、遠目には屈強な男のように見える。
 そして、身の丈もある幅広の剣を軽々振り回すというこの女丈夫が、俺の後ろに立っているひょろ長い外交官の恋人だというから驚く。
 元々は親同士が決めた間柄だそうだ。先住民族系と中央からやってきた「押しつけの政権」との政略結婚……といったところか。
 だが、本人同士も満更じゃないらしい。大公夫婦の視線を盗んで、ほんの瞬間見つめ合っては、幾度となく微笑みを交わしている。
 そのたびレオン=クミンは半歩ずつガイア=ファテッドに近寄って行き、いつの間にか彼女の傍らに立ち位置を移し


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まろやか連載小説 1.41
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