番の金持ち長者は、急に冷たい夜風が吹き付けているように体が芯から冷えてきたような気がしました。
それでいて、火で炙られたように体中が火照っている気もしました。
その上、鋭いものや硬い物で突かれたり叩かれたりしたように体中が痛む気もいたしました。
長者は慌てて目を開けました。
薄ぼんやりとした赤い闇ばかりで、まるで光の中で目を閉じているような景色だと思えたのは、長者が本当に目を閉じていたからでした。
村で一番の金持ち長者は、凍えて震え、火に炙られて汗みどろになり、痛んで痺れる体を、どうにかこうにか動かしました。
長者は、ゆっくりじっくり時間を掛けて、ようやくくたびれた獣のように両手両足を地面に突いた格好にまで起き上がりました。
でも人のように両足で立ち上がることはできませんでした。体が寒くて熱くて痛くて疲れ果てていたからです。
「ああ寒い。ああ熱い。ああ痛い。ああお腹が空いた」
なんだかとっても情けなく、なんだかとっても寂しくなって、村一番の金持ち長者は涙をひとしずくこぼしました。
涙はほっぺたを伝って顎の先に流れ、ぽろりと落ちました。そうして地面にぴたりとくっついた手の甲にぽとんと落ちました。
すると長者は、涙の滲んだその手の、掌の下に何かあることに気付きました。
肩も肘も手首も指も少しばかりしか動きませんでしたが、肩と肘と手首と指を少しずつ動かしましたら、掌は地面から少し浮き上がりました。
長者は掌と地面の隙間を覗き込みました。
地面は平らで、石ころ一つありませんでした。
「確かに何かあると思ったのに」
村で一番の金持ち長者は頭の中で言いました。口から言葉を出せないほど、寒くて熱くて痛くて疲れていたからです。
長者はもう一度掌と地面の隙間をよく見ました。
確かに地面には何もありません。
ですが、真っ青に凍えて、真っ黒にすすけて、真っ赤に腫れ上がった掌の真ん中のくぼみに、丸い何かが貼り付いておりました。
長者は目を凝らして、丸い物をよくよく見ました。
空豆の粒でした。
外の皮は黒く固く、中の実は白く堅くなっております。
表にも裏にも中にも火のしっかり通った、煎り豆の粒でした。
長者は光の人の言ったことを思い出しました。
『あなたの財産はあなたの片方の掌の中に握っていられる分と同じほどになります』
「ああ、これがわしの財産か」
なんだかとっても悔しくて、なんだかとっても悲しくなって、長者は両手両足四つを地面に付いた格好のまま、ぼろぼろと涙をこぼして泣きました。
泣きながら長者は光の人の言ったことを思い出しました。
『あなたの友人があなたにしてくれたことに感謝をしなさい』
長者は考えました。
「誰に感謝をしろというのだ」
料理人も織工も人足も小作人も使用人も、それからお屋敷に仕事に来る人たちも、全部クビにしてしまいました。今、長者の回りには、一人の人もおりません。
長者は考えました。
「誰が友人だというのか」
料理人も織工も人足も小作人も使用人も、それからお屋敷に仕事に来る人たちも、全部友達ではありません。元より、長者の回りには一人の友人もおりませんでした。
なんだかとっても虚しくて、なんだか自分が哀れになって、長者は両手両足四つを地面に付いた格好のまま、大声を上げて泣きました。
長者の耳にガラガラと物の崩れ落ちる大きな音が聞こえました。
村一番の金持ち長者の立派なお屋敷が炎に焼かれて燃え尽きて、崩れて落ちた音でした。村一番の金持ち長者の大きな己惚れが炎に焼かれて燃え尽きて、崩れて落ちた音