【銭王《ドゥニエ・デ・ロワ》】 − 【1】

けろ、と? お前さんも人使いが荒いな」
 ブライトは大げさに肩をすくめてみせると、胴鎧の男の背から足を外した。
 足を広げて立つ。腰に手を置く。胸を張る。大きく辺りを見回す。
 勿体をつけた大振りな所作は、どこか芝居じみている。
 ブライトも勘働きが悪いわけではない。茂みに隠伏する者の数を推察するに、
『片手に剰る程度か……』
 彼らが寝転がっている四名と同程度の力量であるならば、物の数には入らない。
「ご用が有れば承りますがね」
 大きくはないが、よく通る声だった。
 茂みの中から、若く逞しい男達が尻を鞭で打たれたように跳ね上がった。六名ほどいる。
 再び隠れたところでどうにも成らぬことは理解しているらしい。跳ねた勢いのままに山道へ飛び出してきたが、剣を抜く者は一人としていなかった。
 それどころか、二人の風変わりな旅行者に目を向けようともしない。
「何も……何もありません」
 ようやく絞り出した震え声で言うと、彼らは倒れている連中の元へ駆け寄った。気を失っている連中の手足を引っ張り、身体を引きずり、あるいは背負うと、連中は転がるように坂道を逃げ下って行ってしまった。

 残されたのは、片手持ちの剣と恐ろしく長い両手剣が一降ずつ、折れた軍用剣二振、失禁の痕四つ、そして、突然理由もわからずに見ず知らずの剣術使い風に襲われた二人連れの旅人だけであった。
 いや、厳密に言うと、
『あと二、三人……いる』
 エル=クレールは小さく息を吐いて、視線を下り道側に向けた。気配は逆の方向、つまり山頂へ進む道の側からする。
 わざと隙を見せている形なのだが、隠れている気配の主が動く様子は見受けられない。
「放っておくさ」
 ブライトは小さく言った。目下、彼の興味は地面にめり込んだ鉄塊にあるようだ。
 もとより両手持長剣《ツヴァイヘンダー》と呼ばれるその武器は、刀身だけで並の人間の背丈以上の長さがある。
 襲撃者が残していった物は、肘一つ分の長さの柄と、同じ長さのの茎とを加えれば、大柄なブライトの身長を優に超えるほどの長大さであった。
 当然重量も並はずれている。膂力自慢のブライトが、めり込むように突き刺さったそれを引き抜くのに両手を用いる用心をしている。あるいは二十斤近くあるかも知れない。
 本来は正規の軍が戦場で屈強な歩兵団に装備させる代物である。
 長さで遠心力を加え、重さで叩き斬る。遠距離から突き通し、力任せに押し斬る。
 そうやって敵の先陣を槍衾《やりぶすま》ごと壊滅させるのがこの剣の役目であった。彼らが陣形も作戦も関係なく敵陣を崩壊させて作った進路に、後続の騎兵隊が突入するのだ。
 これを一対一の戦いで用いることなどないと言って良い。
 もしこれを一対一の決闘などで用いたとして、恐るべき破壊力を持つ初太刀が万一よけられたならどうなるだろうか。
 結果は先ほどの襲撃者の失態を見ればわかる。
 「隙」であるとか「間」であるとかいう言葉では言い表せないほどの無防備な時間が発生する。次の攻撃に転ずる余裕どころか、敵の攻撃を防ぐ手段すらない。
 自ら好んで危殆に瀕するような真似をするような者は、よほどの自信家か、よほどの莫迦《バカ》者だけだ。
 それに、そもそもこれは「歩兵」のための兵器だ。すなわち兵器である。民間人が個人所有できるはずがない。
 喧嘩段平《カッツバルゲル》にしても同様の事が云える。
 この物騒な名前の武器も、鍔から柄から鞘から、時として刀身までも美しく飾り立てられるのが常であった。武器であるのと同時に、所属と身分を示す一種の身分証でもあるからだ


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