すさまじきもの、昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼ひ。乳児亡くなりたる産屋。火おこさぬ炭櫃、地火炉。博士のうち続き女児産ませたる。方違へに行きたるに、あるじせぬ所。まいて節分などは、いとすさまじ。
ザンネンなもの。
昼間から無駄に吠えかかってくるわんこ。
冬に使った魚取りの仕掛けの網代が、春になっても置きっぱになってるやつ。
すっかり春が過ぎて、そろそろ夏も近いっていう3月4月になってから、紅梅柄の着物を着ちゃう人。
世話するべき牛に死なれてしまった牛飼い。
赤ちゃんが亡くなってしまった産室。
火が消えちゃってる炭櫃や囲炉裏。
出世した偉い学者が、奥さんたちに女の子ばっかり生ませちゃって、跡取り息子ができないでいる状態。
占いの結果が悪いから運気を代えなきゃイケないって体で、わざわざちょっと依ったのに、おもてなしのない家。
特に節分の時。みんなが運気替えの遠回りをするってわかりきってるのに、何の用意もないのって、信じらんないでしょ。
除目に司得ぬ人の家。今年は必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる、田舎だちたる所に住む者どもなど、みな集まり来て、出で入る車の轅もひまなく見え、もの詣でする供に、我も我もと参りつかうまつり、もの食ひ、酒飲み、ののしり合へるに、果つる暁まで門たたく音もせず、あやしうなど、耳立てて聞けば、前駆追ふ声々などして、上達部など、みな出で給ひぬ。もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る者どもは、え問ひにだにも問はず。ほかより来たる者などぞ、「殿は、何にかならせ給ひたる。」など問ふに、いらへには、「何の前司にこそは。」などぞ、必ずいらふる。まことに頼みける者は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人、二人、すべり出でていぬ。古き者どもの、さもえ行き離るまじきは、来年の国々、手を折りてうち数へなどして、揺るぎありきたるも、いとほしう、すさまじげなり。
官職任命式の日に、わくテカで待ってたのに任命通知の来なかった人の家。
今年は絶対昇進するぞなんてどこから出たのか解らない情報を聞きつけた、前にレイオフになった元その家の家来衆なんかが、ちりぢりに田舎の方に引っ込んでたのを、もしかしたら自分も再雇用されて良い思いが出来るんじゃないかなんて期待してわらわら集まってきて、家の前の道が牛車とか人とかでぎっちり大渋滞してるのよ。
家の人も仕事が貰えるように神頼みに出かけようなんて言ったもんなら、そういう取り巻き連中が少しでも主人に良い所見せようなんて考えちゃって、私もお供します、なんて言ったりするの。そんなことしてると雰囲気だけはもう昇進決定みたいになっちゃって、みんなでご馳走を食べたりお酒なんかも飲んじゃったりしてどんちゃん騒ぎになっちゃったりするのよ。
でも、一晩騒いで朝になっても、任命の連絡の人は来ないってわけ。
さすがにおかしいと思って、みんな静かになって聞き耳を立てたりするのね。すると、宮殿から帰ってくる行列の先触れの人たちの声が聞こえるの。それで、任官受けた人たちは、もう帰っちゃっいましたよ、なんて言われちゃって。
夜中、任命の状況を確認するために外に出てた使用人なんかが、寒さに震えてガクブルしながら肩を落として歩いてるのなんかが見えちゃったら、もう、口に出して「どうだった?」なんて訊くまでもなくお察しでしょ。
鈍いお客が、
「で、ここの殿様は、どんな役職に就いたんです?」
なんて空気読めてないこと言ったりするから、
「いや、あっちの方の、【元】の国司ですよ」
って具合に言うわけ。
ここの主人が昇進してくれることを本当に期待してた人たちは、そりゃもうがっかりしちゃって嘆く訳よ。
夜が明けて、昨日大渋滞起こすぐらいみっしりいた人たちが、一人二人とこっそり帰って行っちゃう。
主人に古くから使えていた人たちなんかは、こっそり帰るわけにも行かなくて、来年空きそうなポストを指折り数えながら、うろうろしてるのって、まあかわいそうではあるんだけど、あんま面白い風景じゃないわよね。