パジャマの袖をまくったら、両腕に無数のひっかき傷があった。
何事かと思っていると、布団の中から銀鯖虎の猫が顔を出した。
ああ、あの子が私の手首にしがみつき、指の付け根を甘噛みしながら、後足で盛んに腕を蹴っていたのだろう。
猫は、ぴったり閉めてある掃き出し窓から、するりと外へ飛び出した。
あの子がいなければ、私は君に腕の傷跡の理由を説明できない。
私は布団を押しのけ飛び起きて、掃き出し窓をすり抜けて、ピンと立った縞模様の尻尾を追いかける。
猫は北へ向かって走ってゆく。
山の裾野に建つビルディングの灰色の壁が見えた頃、私は銀鯖虎を見失った。
山を切り削った崖の際とギリギリの、ビルとの隙間を小さな影が走って行く。
私は影を追いかけて、人間一人がやっと通れるほどの細い覆道《ロックシェッド》へ飛び込んだ。
覆道《ロックシェッド》はコンクリートの打ちっぱなしで、明かりも窓も色もない。
細くて狭いその道は、進めば進むほどに天井は低くなり、両方の壁は逼って来る。
私は身をかがめ、膝を折り、両手を地面に付き、ゆっくり進んでいった。
膝も掌も肩も腰も頭も、打ちっぱなしのコンクリートにこすれて、ヒリヒリとい痛んだ。
進んで進んで進んだ末に、どうにも先に進めなくなった時、私の目の前に現れたのは、打ちっぱなしのコンクリートの、硬くて冷たい灰色の壁だった。
後ろに下がるより他に道はない。
私は身をよじり、ねじ曲げながら、四つに這って尻から進んだ。
後ずさるほどに徐々に両の壁は離れ、天井は上がってゆく。
私の手は地面から離れ、膝は伸ばされ、頭は持ち上がった。
私は振り向いた。
長四角い光の中に、尻尾の上がった猫の影が見えた。
私は走った。
走って、覆道《ロックシェッド》を抜けた。
追いかけて、追いついて、捕まえた。
うつ伏した私の両腕には、灰色の枕が抱えられている。
捲れ上がったパジャマの袖の下の腕には、傷一つ無ない。
……そんな夢を見た。
http://jhnet.sakura.ne.jp/petit/no/