紳士も婦人も地味な身なりだった。
紳士の礼服は、縫い取りに金糸がわずかに使われているのが唯一の飾りといった程度の、濃紺一色のおとなしいデザインだ。ふつうなら生地が見えないほどに勲章やら襟章やらを飾り立てる胸元にも、一切装飾がない。
ご婦人の方も質素の極みだった。
ゴブラン織りの赤いドレスは、胸元にレースがあしらわれているだけのシンプルさだ。高く結い上げた髪に豪奢な飾り付けを施すのが流行の当世に、束ねた髪をピンで留めただけという、地味を通り越して無造作ともいえる髪型に、申し訳程度の小さなティアラを載せている。
二人とも、他の客人から声をかけられると、人当たりの良い笑顔を返しはするが、目が笑っていない。むしろ、苦痛そうですらある。
その苦渋に満ちた笑顔で、ピエトロは気付いた。
『エル君に、ソードマンさん?』
二人とも見かけが、昼間会ったときとは全くの別人になっている。今のブライトから口と柄の悪い助平な剣術使いを想像するのは難しいし、今のエル・クレールから細身で凛とした貴族の子弟を思い浮かべることも不可能だ。
ピエトロは一瞬「馬子にも衣装」という諺を思い浮かべたのだが、ほめ言葉にはならないと考え直し、口にしなかった。
だが、直後に浮かんだ疑問は、十分に推敲する以前に口から飛び出してしまった。
「パトリシア姫のお友達と言うのは、どちらの方ですか?」
言った後で、不適切な物言いかもしれぬと思いはしたが、しゃべった後の言葉を訂正することはできない。
一人ヤキモキとしていると、パトリシアは、
「クレール様は、ハーンの姫様であられますわ」
うれしそうに答えた。どうやらピエトロの質問は、運良く彼の意図した意味合いにとられなかったらしい。
「ご不幸なことに数年前にお国が焦土と化してしまわれて、以来連絡が途絶えておりましたの。本日お会いできると知らされて、わたくし、本当にうれしくて」
「お国が、焦土に?」
『エル君が「信じられる者が彼より他にいない」と言ったのは、そのためか!』
ピエトロは驚いて、再度件の二人の方へ目を向けた。
二人は、こちらを向いていた。
「クレール様!」
パトリシアの呼びかけに、二人は少々面倒そうに体を動かし、人並みをかき分けてこちらに近寄って来た。
ブライトは形式通りの礼をして、パトリシアの手にキスをする。本当に昼間の乱暴な剣士と同一人物とは思えない紳士然とした行動だ。
エル・クレールもスカートをつまんで、しとやかに頭を下げた。ピエトロはあわてて彼女の手を取り、キスをする。
「私どもがいては、むしろ邪魔になりはしないかと思いましたので、お声がけしなかったのですが」
丁寧に言ったのはブライトだった。昼間の話しぶりとのギャップが凄まじい。愕然とするピエトロの耳元に、エル・クレールがささやく。
「彼も一応、場をわきまえていますから」
言い得て妙な説明だった。
そこでピエトロも「場をわきまえた」口調で、
「そうだエル君……いや、クレール姫。パトリシア姫に間違ったことを話されましたね」
「私はただ、君のおかげで盗賊を発見することができたという事実を告げただけです」
にっこりと笑った彼女だったが、不意に硬い表情になって、自身のパートナーの腕をそっと引いた。
気付いたブライトが、さりげなくあたりに視線を送る。
どこか遠い一点を見据え、彼は
「あちらさんに悪意がないからこそ、邪険にもできねぇんだが……」
小さくつぶやいた。
そして、素早くエル・クレールの腕を掴み、腰に手を回したかと思うと、なんと荷揚げ人足が荷物を