1.暁光
頭が、ズキズキと痛む。
手を当てると、後頭部にぬるりとした感触があった。
吐き気がする。
そのくせ、妙に頭が冴えていた。
見渡す限りの「灰被り(シンデレラ)」な地べたをみて、ほんの一秒も置かずに、
「火山噴火、か」
なんて解っちまうなんざ、はっきり言って並の思考じゃない。
普通だったら、まず
「ここは何処だ?」
になるだろうに。
だってそうだろう?
少なくとも、そこは俺の知らない場所だったし、周囲には人影もなかったンだ。
…いや、「人影」は有った。
質の悪い大理石で作った、埃まみれの彫像みたいなモノが2つ、やけに穏やかな顔で、倒れている俺を見下ろしていた。
「ミハエル、ガブリエラ…」
それが、そいつらの名前だと、やっぱり一秒もしないうちに解った。
そう呼びかけたところで、返事などしないだろう事も、同時に。
2000セルシウスだか3000セルシウスだか忘れたが、ともかく、とんでもない高温の気流にさらされると、「炭水化物」ってヤツは瞬時に「炭化物」になるらしい。
水気だけが飛んでしまうって訳だ。
そして、それ以外のモノが、そのまんまの形で残る。
出来の良い木炭が、年輪まではっきり読みとれる状態でできあがるのと、同じ理屈さ。
つまり、俺の無二の友と、その最愛の女性は、生きていた時そのままの姿で、炭になっていたンだ。
火砕流の灼熱風の直中(ただなか)、身じろぎもせずに立ちつくしていた…恐らく、この俺を守るために。
俺の脳味噌が冴えていたのは、ここまでだ。
ボンクラになっちまうまで、5秒とかからなかった。
「ナゼ、オマエタチハ、オレヲマモッタ? オレノイノチガ、オマエタチノイノチヨリモ、オモイトデモイウノカ?」
手を伸ばした。…我が友の、灰色の頬に。
「ミハエル、教えてくれ。ここは何処だ? 何故、おれは此処にいる? それに…」
俺の腕にこびり付いていた、衣服の燃えかすが、ハラハラと落ちた。
「…それに、俺は…俺は誰なんだ?」
友は、笑った。その恋人も微笑んだ。
『主公(との)は我らの友。何時いかなる時も変わらぬ、刎頸(ふんけい)の友。我らの「魂」を賭すに相応しい、莫逆(ばくぎゃく)の友』
単なる炭の塊が、最高の笑顔を浮かべ、声を揃えて言った。
幻聴なんかじゃない。
こいつらは、この言葉を言いたいが為に、此処に立っていたんだ。
その証拠に、言い終わるのと同時に、二人は、美しい二つの炭達は、崩れ落ちたのだ。
俺の友は、粉々の、バラバラの、くすんだ灰まみれの破片になった。
「お…おおぅ…おお…」
言葉が、出なかった。
言いたい事は山ほどある。
だが、そのどれもが声になりやがらない。
「あ…ああっ…うわああぁぁっ!!」
結局、俺に出来たのは、哭く事だった。
喉が裂けるまで、叫ぶ事だった。
血涙を流し、大地を殴り付け、天に向かって咆吼する。
どれだけの時が過ぎたのか、判らない。
ほんの一時かも知れない。丸一日かも知れない。
涙も声も涸れ果てて、阿呆のようにへたり込んでいた俺の背を、何かが押した。
地鳴り。
地響き。
耳を劈(つんざ)き、心臓を握り潰すような音。
猛烈な熱風に、俺の髪が嬲られる。
辺り一面に降り積もっていた火山灰が、呆気なく吹っ飛ばされて行く。
「ミハエル! ガブリエラ!」
俺は、二つの炭の山の上に、身体を投げ出した。
「行くな! 往くな! 俺を置いて逝くな! 俺を独りにするなっ!」
迷子になった餓鬼みたいな狂乱振りだった。
自分が忘れちまった「俺の事」を知っている、たった二人の人間を、俺は失いたくなかった。
それがたとえ、ただの炭の塊であったとしても。
物言わぬ、魂の抜け殻であったとしても。
だが。
燃える灰色の風が、俺の泣き言を聴いてくれる筈がない。
火砕流の第二波は、そこにあった物を全て吹き飛ばし、別の地面を造って行った。
ただ、俺だけが残された。
着ていたはずの物は全部、カスすら残らずに燃え尽きた。
佩(おび)ていたのであろう長剣も、鎧うていたのであろう胸当ても、融けて、原型を留めていない。
だのに。
俺は、生きていた。
両の掌に一つずつ、真紅の珠を握って、熱い灰の中で生きていた。
『主公よ…我が友よ…』
消えかかる意識の奥底で、俺は確かに二人の声を聞いた。
『我らの「魂」は、貴方と共に在ります。かつて、我ら自身が貴方と共に在ったと同様に、これからも…永劫に…』
気が付くと、俺は灰の原の中に、独り立っていた。
握っていた珠は消え、掌には紅い文様が刻まれていた。
両の手を重ね拱むと真円を描く、涙滴のような形の文様だった。
「友よ…。ミハエル=ドラゴン…ガブリエラ=フェニックスよ」
俺は両掌に語りかけた。
「まずは、山を降るとするか…」
|
|