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真武外伝
お姫様倶楽部Petit分室
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「真武外伝」タイトルの由来
「真武外伝」のタイトルは、真田家に伝わる古文書「真武内伝」より拝借したモノです。
「真武内伝」は、松代藩士竹内軌定による真田氏史書で、成立は江戸時代の享保16年(1731年)とされています。 (二巻、および柘植宗良による付録)
主に松代に移封される以前の真田家について調査・記録されたもので、真田氏研究者(および当ページ管理者のようなシロウト歴史好き)にとっては、貴重な資料となっています。
藩士による正統な史書ではありますが、大坂夏の陣(1615)より百有余年後に書かれたものであることを念頭に置いて読む必要があります。(元禄期に書かれた「小説」である「真田三代記」よりもさらに若い)
時代が流れたことにより、風聞・誇張・誤伝が加えられてしまっている可能性は排除できません。
……その分、面白い(と表現するのが適切かどうかはさておき)エピソードも多く記載されており、後の創作家達にとっては重要なネタ本となっています。

現在、丸山清俊(1821〜1897)が謄写収集したものが県立長野図書館に収蔵されています。

信州上田・松代の真田家を描く短編小説集

(物語は「制作順」に並べられており、時系列は入り乱れております)
子壇嶺城戦記 天正十三年(1585)、信濃の国上田の地侍杉原四郎兵衛は、徳川家康が攻め込むと聞きくや、上田城主・真田昌幸に反旗を翻して子壇嶺(こまゆみ)の古城に立てこもった。
戦国末期、ほんの数日間の「反乱」の顛末。
400字詰め原稿用紙換算17枚。短編。
江風寛永六年(1629)松代。
川中島で野点を楽しむ老君主。
川の上流は、故郷上田……。
400字詰め原稿用紙換算4枚。掌編。
真田大石元和八年(1622年)。徳川の代となり上田城は取り壊された。
再建を目指していた城主・真田信之は、突然封地変えの命を受け、その城を明け渡すことになった。
この城は父の形見。信之は新領地にある物を持参することを決めた。
400字詰め原稿用紙換算10枚。短編。
逢坂前夜歴史if。
大阪の陣直前、信之・信繁(幸村)兄弟の会話。
400字詰め原稿用紙換算1.1枚、総文字数339字。
「番外編」岩長姫 退魔記「たろうさま」の頂上には龍神を祀った神社の本殿があるが、我欲が強い物は龍神に祟られるという言い伝えのため、通う者はいない。
ある日、身なりの少しいい武士の子が二人、山奥へ入って行った。
和風(魔物退治物)ファンタジー。
400字詰め原稿用紙換算43枚。短・中編。
小懸―真田源三郎の休日―武田家が滅んで、遺臣達が身の置き所を捜している中、真田家は織田に従属する道を選び、関東守護となった滝川一益の配下となった。
真田の砥石城に滝川方から使いの者が訪れる嫡男・源三郎が呼び出されたのは、前田利卓の館だった。
これは、真田信幸による「慌ただしき十六歳の夏」の回述である。
2012年10月21日、完結。
400字詰め原稿用紙換算360枚。長編。
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