県歌 信濃の国 | |
作家名:淺井洌 1899(明治32)年に創作された唱歌「信濃國」は、残念ながら広く歌われることがなかった。 旧版の作曲者である依田の後任の北村季晴(1872年〜1930年)は、浅井の「信濃國」を知り、これに新たに曲を着けることを申し出た。 翌1900(明治33)年4月、完成した曲は師範学校の生徒たちに愛され、寄宿舎中で歌われるようになった。 新しい「信濃の国」は、同年10月、師範学校の運動会で女子部生徒の遊戯用として発表された。 (このとき元の「信濃國」での表記を一部改めたものが、このファイルに書かれている作品) やがて、師範学校の学生達は教師なって県下各地に散り、最新の“音楽教材”として「信濃の国」を赴任校に持込んだ。 こうして「信濃の国」は県内に普及し、事実上の県歌として位置付けられた。 そして時は流れて1968年5月20日。「信濃の国」は正式に長野県歌と制定されたのだった。 (2010/01/29(Fri) 16:49) | |
信濃國 | |
作家名:淺井洌 初出: 「信濃教育会雑誌 第一五三号」1899(明治32)年6月号 1898(明治31)年10月に信濃教育会(当時の会長・正木直太郎は旧上田藩士族出身)が組織した小学校唱歌教授細目取調委員会の委嘱により、長野県師範学校(現信州大学教育学部)教諭・浅井洌(1849年〜1938年 旧松本藩士族出身)が作詞。詩が完成したのは1899(明治32)年3月。 当初は浅井の同僚であった依田弁之助によって作曲された。 これは「信濃教育雑誌」(1899年6月発行)に掲載されたが、残念ながらこの時点では普及しなかった。 ところで作詞家の浅井洌先生の名前の読みなんだけど、「れつ」としている文献と「きよし」としている文献があるんだが、どっちが正しいのだろう? (2010/01/29(Fri) 16:48) |
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