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UPDATE:2015/06/22(Mon) 15:00

お姫様倶楽部Petit資料室 お姫様と幻想と創作関連の資料文書

お伽噺・昔話

竹取物語
作家名:作者不詳

「竹取物語」の原文、の一例。(後述するが、竹取物語には「原本」と呼べる物がなく、写本によって微妙な差違がある)

『竹取物語』は、日本最古といわれる物語であり、世界的にも初期の部類に入るSF。
以下、Wikipedia:竹取物語よりその概要について引用。
『竹取物語』は通称で、『竹取翁の物語』とも『かぐや姫の物語』とも呼ばれた。
仮名によって書かれた最初期の物語の一つでもある。

成立年は明らかになっていない。
原本は現存せず、写本は室町時代初期の後光厳天皇の筆と伝えられる「竹取物語断簡」が最古といわれ、完本では安土桃山時代の天正20年(1592年)の奥付を有する「武藤本」が最古といわれる。
しかし、10世紀の『大和物語』、『うつほ物語』や11世紀の『栄花物語』、『狭衣物語』などに『竹取物語』への言及が見られ、また『源氏物語』「絵合」巻に「物語の出で来はじめの祖なる竹取の翁」とあることから、遅くとも10世紀半ばまでに成立したと考えられている。
通説は、平安時代前期の貞観年間 - 延喜年間、特に890年代後半に書かれたとする。
元々、口承説話として伝えられたものが『後漢書』や『白氏文集』など漢籍の影響を受けて一旦は漢文の形で完成されたが、後に平仮名で書き改められたと考えられている。

作者についても不詳である。
作者像として、当時の推定識字率から庶民は考えられず上流階級に属しており、貴族の情報が入手できる平安京近隣に居住し、物語の内容に反体制的な要素が認められることから、当時権力を握っていた藤原氏の係累ではなく、漢学・仏教・民間伝承に精通し、仮名文字を操ることができ、和歌の才能もあり、貴重だった紙の入手も可能な人物で、性別は男性だったのではないかと推定されている。
以上をふまえ、源順、源融、遍昭、紀貫之、紀長谷雄などの作者説が唱えられているが、いずれも決め手に欠けている。

登場人物と時代
かぐや姫・老夫婦・帝などは架空の人物だが、実在の人物が登場していることも本作品の特徴である。
5人の公達のうち、阿倍御主人(あべ の みうし)、大伴御行(おおとも の みゆき)、石上麻呂(いそのかみ の まろ)は実在の人物である。また、車持皇子(くらもちのみこ)のモデルは藤原不比等(ふじわら の ふひと)、石作皇子(いしづくりのみこ)のモデルは多治比嶋(たじひ の しま)だっただろうと推定されている。
この5人はいずれも壬申の乱の功臣で天武天皇・持統天皇に仕えた人物であることから、奈良時代初期が物語の舞台に設定されたと考えられている。
主人公のかぐや姫も、垂仁天皇妃である迦具夜比売(かぐやひめ、大筒木垂根王の女)との関係や、赫夜姫という漢字が「とよひめ」と読めることから豊受大神との関係について論じられることもある。
また、この時期に富士山が噴気活動中の火山として描かれていることから、科学論文に成立などが引用されることがある古典のひとつである。
(2011/05/16(Mon) 19:50)
竹取物語
作家名:和田萬吉

いわゆる「かぐや姫」の物語を、国文学者の和田万吉が抄訳したもの。

以下あらすじ。
竹細工の老職人「讃岐の造麻呂」は「竹取の翁」と呼ばれていた。
翁はある日、いつも竹を取りに行く竹藪の中に、一本の光る竹を見付ける。
竹の中には三寸(9cm強)ほどの背丈の女の子がいた。
子のない翁は、自分が商売にしている竹の中から出てきた子供であるから、天が自分へ授けた子に違いないと考え、手に乗せて家へ連れ帰った。
妻の媼も喜んで、子供を竹籠に入れて育てることにした。
翌日から翁が竹藪に行くと、節の間に黄金の詰まった竹を度々見付けた。
このため、竹取の翁は次第に裕福になった。
子供は三ヶ月ほどで輝くような美しい娘となった。
娘の美しさは増し、家の中には暗い場が無く光に満ちた。
翁にとってこの娘を見ることが、心身の安らぎだった。
竹取の夫婦は娘に嫋竹(なよたけ:しなやかなタケのような)の赫映姫(かぐやひめ:揺れる光のような姫)と名前を付けると、成人の祝いに三日にわたって宴席を開いた。
娘の評判は広まり、多くの求婚者が現れる。
中でも熱心だったのが、石作皇子(架空の人物。モデルは「多治比嶋」か)、車持皇子(架空の人物。モデルは「藤原不比等」か)、右大臣・阿倍御主人(同名の実在の人物がモデル。635年-703年)、大納言・大伴御行(同名の実在の人物がモデル。646年-701年)、中納言・石上麻呂(同名の実在の人物がモデル。640年-717年)の5名。
翁が「自分も高齢だから、生きている内に結婚して欲しい」と願うと、娘は「私が欲しいと願った物を、間違いなく持ってきてくださる方となら、結婚する」と言う。
翁は、求婚者それぞれに娘の希望の品を告げる。
石作皇子には「天竺にある『佛の御石の鉢(釈迦が使っていた食器)』」
車持皇子には「東海の蓬莱山にある『根が銀、茎が金、実が白玉(真珠)の木の枝(蓬莱の玉の枝)』」
阿倍御主人には「唐土にある『火鼠の皮衣(火の中に住むとされる伝説の獣の皮で作った衣服)』」
大納言大伴御行には「龍の首にある『五色の玉(龍の頸の玉)』」
中納言石上麻呂には「燕の持っている『子安貝(燕の子安貝。タカラガイは巻き貝の一種で、卵形をしている)』」
皆難題であったが、五人はそれぞれに「工夫」をして、宝を持ってこようとする。
石造皇子は天竺に行ったフリをして、大和の国のある山寺の汚れた古い鉢を「佛の御石の鉢」と偽って持参する。しかし、本物ならば輝いているはず、と一蹴される。
車持皇子は一応船には乗ったものの、すぐに引き返し、彫金職人を手配して注文に似た枝を作らせ、持参。娘が驚いているところへ、職人が「代金を寄越せ」と乗り込んできたため、偽物とばれたうえに大恥をかかされる。
阿倍御主人は財力に物を言わせて、唐の商人から皮衣を買い付けて持参。美しい品であったが、火を付けるとあっと言う間に燃え尽き、贋作であると知れる。
大伴御行は海へ船を出し、自ら龍と戦おうと意気込んだものの、嵐の前にあっけなく難破。挙げ句、眼病にかかってしまい、二度と娘には近寄らなかった。
石上麻呂は自ら燕の巣から子安貝を取ろうと高所へのぼった。ところが手違いで地面へ落下し、その怪我が元で死んでしまった。
こういった噂を聞きつけた今上帝は、娘を宮中に参内させようとした。
しかし娘は、「宮中に上がるようなことがあれば、死んでしまう」と拒絶。
帝は狩りの帰りに翁の家へ寄ったフリをして、娘を連れ出そうとする。
ところが、乗り物に乗せようとすると、娘の姿が消えてしまう。
仕方が無くその日は諦めて帰った帝であったが、どうしても諦めきれない。手紙や和歌のやりとりをするが、思いは募るばかりだった。
暫くして、娘は月を見る度に悲しむようになった。
翁が訳を聞くと、娘は「自分は月の都の者で、ある因縁があって地上に来たのだが、八月の十五日には迎えの者が来て、天上へ帰らねばならない」と告白する。
翁は驚き、我が子同然に可愛がった娘を手放したくないと、帝に、一軍をもって月からの使者を捕らえて欲しいと願い出る。
帝は少将・高野大国を勅使とし、二千の武士をを送り出す。
武士千人は屋根の上で、千人は築地の上に、と、隙間なく翁の館を守らせた。
嫗が娘を抱きかかえて土蔵(塗籠:周囲を壁で塗り籠めた部屋)に籠もると、翁は鍵をかけて戸口に控える。
娘が「どんなに武装しても、鍵をかけても、月の人々の前に出れば戦う気は失せ、戸は全部開いてしまう」と言えば、翁は「どんなことがあっても追い返してやる」と言いつつ、共に嘆き悲しむ。
夜中、突然空が明るくなり、雲に乗った人々が降りてきた。
武士達は戦おうとするも手足に力が入らない。
雲の中から車が一つ飛来し、総領とおぼしき人物が翁に「姫は罪を犯したので下界に降りていたのだが、その罪が消えたので迎えに来た」と告げる。
翁が応じずにいると、件の車が館に近付く。固く閉めたはずの扉は悉く開き、土蔵の中から娘がすーっと出てくる。
翁媼が引き留めようとすると、娘は手紙と薬壺(地上の人々よりも寿命の長い月の人の薬であり、不老不死の妙薬)を渡し、月の人々が携えてきた天の羽衣(纏うと「物思い」が無くなる)を着、車に乗ってしまう。
車が空高く上ってゆくのを、翁と媼は泣いて見送る。
勅使がこの出来事を帝に復命し、娘から帝に宛てた手紙と、薬壺を献上する。
帝にとって、娘がいない世では、不死の薬など不要であった。
そこで一番天に近い山が駿河にあるというので、使者を立てて(沢山の武士を引き連れさせ)、その頂上で薬を焚いてしまった。
こうしてこの山は不死の薬を焚いたので「不死の山」(あるいは多くの武士を連れていったことから『士(もののふ)の富む山』だというので「富士の山」)と呼ばれることになった。
(2011/05/16(Mon) 16:19)
蓮花公主
作家名:蒲松齢
翻訳者名:田中貢太郎
ジャンル:中国の昔話

膠州の竇旭という男が昼寝の最中夢を見る。
褐色の衣服をまとった男が現れて曰く
「殿様から御招待にあがりました。」
案内された竇がたどり着いたのは、この世の物では無いと言うことが一目で分かる楼閣。
楼閣の王は竇に対句を作るように命じた。
できた詩を聴いた王は、その中に公主(姫)の名が織り込まれていることに感激し、竇にその姫「蓮花公主」と結婚することを勧めた。
ところが竇は現れた公主の美しさに見とれ、王からの言葉も聞かず、かえって恐縮して退席してしまった。
目を覚ますとまだ日が残っていた。
夢の中ではあるが姫と結婚し損ねたことを悔いた竇はもう一度寝て夢の続きを見ようとしたが、その日は見ることができなかった。
しかし別の夜、またしても夢の中に褐色の衣服をまとった男が現れて、彼は楼閣に上り、公主と婚礼を上げる。
すると楼閣に妖怪が迫っているとの急報が入る。
王は竇に公主の身を託す。竇は公主を抱きかかえて宮殿から逃げ出した。
竇はようやく己の家まで逃げおおせたが、公主は
「別に家を一つ建てて、父母や民を救ってくれ」
と懇願する。
貧しい竇にはそれができず、悲嘆に暮れるところで目が覚めた。
その枕元で何かが啼く声がして……

底本:「聊斎志異」明徳出版社
   1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
   1926(大正15)年3月発行
(2007/10/16(Tue) 10:02)
瓜子姫子
作家名:楠山正雄

老夫婦が河から拾ってきた大きな瓜から、可愛らしい女の子が生まれた。
子供のない老夫婦は女の子に「瓜子姫子」と名付け、育てる。
やがて機織りの匠になった瓜子姫子の元に「あまんじゃく」が現れ、言葉巧みに彼女を裏山に連れ出し、柿の木の高見に縛り付けてしまう。
姫子の着物を奪って着込んだあまんじゃくは、まんまと老夫婦を欺いて姫子になりすます。
可愛らしい上に織物上手の姫子の噂を聞いたお城の奥方様は、一度姫子に会いたいと、使者を老夫婦の元に送る。
姫子になりすましたあまんじゃくを乗せた駕篭が裏山の柿の木の下を通ったとき、使者の侍が本物の姫子の存在に気付いた。
姫子は助けられ、あまんじゃくは打ち首にされた。
その時、近くの黍の畑にあまんじゃくの血が飛び散ったので、以来黍の殻は赤い色となったという。
(2006/12/02(Sat) 19:34)
殺生石
作家名:楠山正雄
徳高い玄翁和尚という御坊が、下野国の那須野の原を通りかかった折のこと。
草原の真ん中に、一の背丈ほどの滑らかな石が立っていた。
夜も暮れていたため、和尚はこの石の傍らで休むことにした。
その枕元にひとりの女の影が立つ。
女は「この石の精」であると言い、元をたどれば天竺の九尾の狐が化身したものであったと語る。
曰く、
天羅国に災いを起こして王の命を奪い、殷の紂王の后(妲己)となって国を滅ぼした。
日本へ渡って玉藻前を名乗って鳥羽上皇に仕え、この国も滅ぼそうとしたが、陰陽師に見破られてこの地で死んだ。しかし怨念は石となって残った。
石の側による者は人も獣も毒気に当たって死ぬので、殺生石と呼ばれるようになったが、御坊は寄っても災いを受けることがない。
きっと徳の高い方であろうから、どうか我が身を救ってほしい……。
(2006/10/16(Mon) 17:26)
一寸法師
作家名: 楠山正雄
摂津国に住む夫婦には子供がなかった。
住吉明神に「指ほどの小さな子でもよいから授けてほしい」と願をかけると、やがて本当に指ほどの大きさの子を授かった。
一寸法師と名付けられた子は、夫婦に大切に育てられたが、いつまで経っても背が伸びなかった。
十六になった法師は、立身出世のために京に上ることとした。
縫い針の刀、麦藁の鞘、お椀の船に箸の櫂。
住吉の浜から淀川を上り、鳥羽から京へとたどり着いた法師は、三条の宰相の屋敷で働くこととなった。
三条の宰相の十三になる姫は法師をいたく気に入って、どこに行くにも共をさせた。
ある日、些細なことから姫は屋敷から追い出されることになり、法師も姫と一緒に船に乗った。
ところが折悪しく時化に遭い、船は鬼の住む島へ流された。
鬼は小さな法師を侮って、つまみ上げると、一のみに飲み込んでしまった……。
(2006/10/16(Mon) 16:33)
西湖主
作家名:田中貢太郎
不思議な宮殿の庭に迷いこんだ男・陳は、公主(姫)と呼ばれている美少女の姿を覗き見る。
彼女の落とした「ひれ」に、陳はその美しさを讃える詩を書き付けた。
しかしその行為は姫の持ち物を汚すことと、公主の母妃は怒り、陳を処刑しようとするのだが……。
(2006/10/16(Mon) 13:49)
大江山
作家名:楠山正雄
日本の昔話。
源頼光に天皇より酒天童子退治の命が下る。
頼光は優れた四人の部下「四天王」と無二の友・平井保昌を引き連れて鬼の済む大江山へ向かう。
鬼に捕らえられた人々の中には、池田中納言の姫もいた。
(2006/10/16(Mon) 13:49)
たにしの出世
作家名: 楠山正雄
昔々あるところに土地持ちの長者と、長者から土地を借りている貧しい百姓の夫婦がおりました。
跡継ぎのない百姓の夫婦は、「かえるの子でもたにしの子でも構わないから、子供を授けてくれ」と水神に願をかけました。
すると、百姓のかみさんはほんとうにたにしの子供を産んだのです。
姿は「たにし」でも水神さまの申し子だというので、百姓夫婦はその子を大切に育てました。
数年経ってその子は「たにし」の姿のままでしたが、ある日突然人の言葉を喋りました。
言葉をしゃべるたにしを珍しがった長者は、これを家宝にしようと策を講じ、そのために「娘の婿に」とたにしに持ちかけました。
するとたにしが本気にしたので、仕方なく下の娘の婿にすることにしました。
下の娘とたにしの婿は仲がよく、二人そろって出かけるときは、娘は婿を自分の帯の間に挟んで出かけました。
ある日連れだって出かけた二人でしたが、娘がたにしの婿を帯からおろして水神様にお参りしているわずかな間に、婿の姿が見えなくなってしまいました。
娘は自分の着物が汚れるのも構わず、田んぼの中まで婿を探して回りました……。
(2006/10/16(Mon) 13:49)
葛の葉狐
作家名: 楠山正雄
摂津の国の侍、阿部保名は、先祖が残した膨大な蔵書が朽ちてゆくのに、己にそれを解読する学力がないことを悲しみ、和泉国の信田の森の明神に「学問に秀でた子がほしい」と願をかける。
ある年の秋、保名は家臣達をつれて参詣した帰りに、狐狩りの武士達に追われていた一匹の牝狐を助ける。
それを恨みに思った武士達の主の悪右衛門が、保名主従を捕らえ、殺そうとした。
悪右衛門は妻の病を治すためには狐の生き肝を煎じて飲ませろと弟の芦屋道満に言われ、狐狩りをしていたのだった。
そこに現れた和尚が「病を治そうと言うときに、人の命を奪ってはいけない」との説得に悪右衛門が応じて去る。
実は和尚は先ほどの狐の化身だった。
命拾いをした保名だったが、受けた傷は、屋敷に帰ることができぬほどに重かった。
山中で出会った美しい娘が彼を哀れんで家に運び、親身に手当をしてくれた。
体は中々治らず、時ばかりが過ぎる中、保名と娘との間に男の子が生まれて……。
(2006/10/16(Mon) 13:49)
三輪の麻糸
作家名: : 楠山正雄
日本神話より、大物主命と大和国の活玉依姫の逸話。
(2006/10/16(Mon) 13:49)


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