地形篇 第十
2019年05月16日(木)15:56
孫子
孫子曰、地形、有通者、有挂者、有支者、有隘者、有險者、有遠者。
孫子曰く、地形には、通なる者あり、挂なる者あり、支なる者あり、隘なる者あり、険なる者あり、遠なる者あり。
我可以往、彼可以來、曰通。通形者、先居高陽、利糧道、以戰則利。
我れ以て往くべく彼れ以て来たるべきは即ち通なり。
通なる形には、まず高陽に居り、糧道を利してもって戦わば、すなわち利あり。
可以往、難以返、曰挂。挂形者、敵無備、出而勝之、敵若有備、出而不勝、難以返不利。
もって往くべく、もって返り難きを挂と曰う。挂なる形には、敵に備えなければ出でてこれに勝ち、敵もし備えあらば出でて勝たず。もって返り難くして、不利なり。
我出而不利、彼出而不利、曰支。支形者、敵雖利我、我無出也。引而去之、令敵半出而撃之利。
我れ出でて不利、彼も出でて不利なるを支という。支なる形には、敵、我れを利すといえども、我れ出ずることなかれ。引きてこれを去り、敵をして半ば出でしめてこれを撃つは利なり。
隘形者、我先居之、必盈之以待敵。若敵先居之、盈而勿從、不盈而從之。
隘なる形には、我れまずこれに居らば、必ずこれを盈たしてもって敵を待つ。もし敵まずこれに居り、盈つればすなわち従うことなかれ、盈たざればすなわちこれに従え。
險形者、我先居之、必居高陽以待敵。若敵先居之、引而去之勿從也。
険なる形には、我れまずこれに居らば、必ず高陽に居りてもって敵を待つ。もし敵まずこれに居らば、引きてこれを去りて従うことなかれ。
遠形者、勢均難以挑戰、戰而不利。
遠なる形には、勢い均しければもって戦いを挑み難く、戦えばすなわち不利なり。
凡此六者、地之道也。將之至任、不可不察也。
およそこの六者は地の道なり。将の至任、察せざるべからず。
故兵有走者、有弛者、有陷者、有崩者、有亂者、有北者。
ゆえに兵には、走なるものあり、弛なるものあり、陥なるものあり、崩なるものあり、乱なるものあり、北なるものあり。
凡此六者、非天之災、將之過也。
およそこの六者は、天の災にあらず、将の過ちなり。
夫勢均、以一撃十曰走。
それ勢い均しきとき、一をもって十を撃つを走という。
卒強吏弱曰弛。
卒強くして吏弱きを弛という。
吏強卒弱曰陷。
吏強くして卒弱きを陥という。
大吏怒而不服、遇敵懟而自戰、將不知其能、曰崩。
大吏怒りて服さず、敵に遇えば懟みてみずから戦い、将はその能を知らざるを崩という。
將弱不嚴、教道不明、吏卒無常、陳兵縱横、曰亂。
将弱くして厳ならず、教道も明かならずして、吏卒常なく、兵を陳ぬること縦横なるを乱という。
將不能料敵、以少合衆、以弱撃強、兵無選鋒、曰北。
将、敵を料ることあたわず、小をもって衆に合い、弱をもって強を撃ち、兵に選鋒なきを北という。
凡此六者、敗之道也、將之至任、不可不察也。
およそこの六者は敗の道なり。将の至任にして、察せざるべからず。
夫地形者、兵之助也。
料敵制勝、計險阨遠近、上將之道也。
知此而用戰者必勝、不知此而用戰者必敗。
それ地形は兵の助けなり。敵を料りて勝ちを制し、険阨・遠近を計るは、上将の道なり。これを知りて戦いを用うる者は必ず勝ち、これを知らずして戦いを用うる者は必ず敗る。
故戰道必勝、主曰無戰、必戰可也。
戰道不勝、主曰必戰、無戰可也。
故に戦道必ず勝たば、主は戦うなかれというとも、必ず戦いて可なり。戦道勝たずんば、主は必ず戦えというとも、戦うなくして可なり。
故進不求名、退不避罪、唯人是保、而利合於主、國之寳也。
故に進んで名を求めず、退いて罪を避けず、ただ民をこれ保ちて利の主に合うは、国の宝なり。
視卒如嬰兒、故可與之赴深谿。
視卒如愛子、故可與之倶死。
厚而不能使、愛而不能令、亂而不能治、譬若驕子、不可用也。
卒を視みること嬰児のごとし、ゆえにこれと深谿に赴くべし。卒を視みること愛子のごとし、ゆえにこれとともに死すべし。厚くして使うことあたわず、愛して令することあたわず、乱れて治むることあたわざれば、譬えば驕子のごとく、用うべからざるなり。
知吾卒之可以撃、而不知敵之不可撃、勝之半也、知敵之可撃、而不知吾卒之不可以撃、勝之半也、知敵之可撃、知吾卒之可以撃、而不知地形之不可以戰、勝之半也、故知兵者、動而不迷、舉而不窮、故曰、知彼知己、勝乃不殆、知天知地、勝乃不窮。
わが卒のもって撃つべきを知るも、敵の撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つべきを知るも、わが卒のもって撃つべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。敵の撃つべきを知り、わが卒のもって撃つべきを知るも、地形のもって戦うべからざるを知らざるは、勝の半ばなり。ゆえに兵を知る者は動いて迷わず、挙げて窮せず。ゆえに曰く、彼を知り己を知れば勝乃ち殆うからず。天を知り地を知れば勝乃ち窮まらず。