遙か昔……
母なる大陸に生まれた人々は、小国に別れ暮らしていた。
小国は互いに対峙し、或いは融和し、或いは殺し合った。
一人の男があった。彼は別れ暮らす人々を一つにまとめるべきだと考えた。
彼はそのための手段として、強大な力による支配を採った。
別の一人もあった。やはり別れ暮らす人々は一つにまとまるべきだと考えた。
彼はそのための手段として、強大な力に対抗することを採った。
先の強大な力は倒れ、後の対抗する勢力が残った。
四百年の時が流れた。
大陸は、対抗する勢力の長の血脈が支配していた。
かつてたぎっていた赤い血潮は、時が流れるにつけ徐々に凪ぎ、やがて淀み始めた。
活力を失ったことを悟った最後の長は、自ら玉座を降りた。
その座は、彼のもっとも信頼する者が継ぎ、彼自身は深い山に隠れた。
それがミッド。大陸の中央に打たれた、小さな点。
ハーン帝国の最後の皇帝にして、ミッド公国の最初の大公たるジオ・エル=ハーン三世は、
彼から帝位を禅譲されたギュネイ帝国の初代皇帝ヨルムンガントの猶子・ヒルダを二度目の妻とした。
ジオ三世は当初ハーンの血筋を己の代で絶やそうと考えていた。
そのため、彼は新しい妻との間に子をなそうとしなかった。
あるいは、先妻との間にできた皇子二人が、幼くして死してしまった、
その悲しみを三度味わうことを畏れていたからやも知れない。
しかし年若い妻の考えは違っていた。
むしろ、夫の血筋は絶やしてはならないと主張した。
やがて妻は身籠もり、小さな命が生まれた。
女の子だった。
大公は初め落胆した――彼は「跡取りは男の子であるべき」と思いこんでいたのだ。
しかし老大公は己の腕の中で安らかな寝息を立てる娘が、小さく儚げでありながら力強いぬくもりを持っていることを知るに至って、己の古い考えが間違っていることに気付いた。
姫にはクレールという名が与えられた。
彼女が十三歳の誕生日を迎えたその日、宴に招かれざる客が訪れた。
「それ」は人の力の及ばぬ【武器】で、小さな城を崩壊させた。
【武器】の名は【アーム】。それは古き言葉で「魂」を意味した。
【アーム】はある種の「意思【おもい】」を持っており、その意思によって所有者を選ぶ。
死人である【アーム】の意志に取り込まれた者は、鬼と化して命を喰らう。
死人である【アーム】の遺志を受け継いだ者は、鬼と化した命を討つ。
招かれざる「鬼(戦車)」により命を絶たれた大公ジオ・エル=ハーン三世は、愛するわが子を守り抜きたいという願いを叶えられずに逝く無念に身を焦がした。
彼の亡骸は地上に残らなかった。
残ったのは一つの【アーム】。銘を【正義】と称した。
【正義】は、ジオ三世の遺志そのままに、クレール姫に「我が身を守る力」を与えた。
しかし幼い姫はその力を使いこなすことができなかった。
同じ頃、ジオ三世の若き寵臣レオン=クミンは、主君の命をうけ遠国ユミルにいた。
彼はユミル女王ギネビアから、ギュネイ皇弟フレキとの縁談を「壊す」工作を暗に頼まれ、それを成功させた。
女王同様結婚に乗り気でなかったフレキからも遠回しに感謝されるという幸運を得た彼が、母国への帰途につこうとしたとき、その前に立ちふさがるものが現れた。
二つの【アーム】と、それに取り憑かれた死人。
レオンは危ういところで【死】という銘を持つ【アーム】の遺志に助けられ、その力を得た。
急ぎミッドに戻った彼が見たのは、火山の灰によって滅び去った故郷と、瀕死の婚約者だった。
総てを焼き尽くす熱波の中で、女親衛隊長ガイア=ファデットは苦しんでいた。
目の前で主君ジオ三世が殺され、大公妃ヒルダは異形の怪物達によっていずこかへ連れさらわれた。
獅子の姿をした化け物を操る「鬼(戦車)」に対峙し、己の背に妹同様に愛しているクレール姫をかくまっていた彼女だったが、ヒトの作り出した刃をものともしない化け物の前に、完膚無きほどに叩きのめされた。
死を覚悟した彼女の耳元で、ささやきが聞こえた。
『身体をくれれば、復讐のための力を貸そう』
ガイアが拒絶すると、ささやくもの……【力】と称する【アーム】は実力行使に出た。
それは、外交先から戻ってきた彼女の婚約者の命を、彼女自身の腕を操って奪うという暴挙だった。
むせかえる硫黄の臭いと噴煙の中に、一人の男が立っていた。
彼の目の前には、男女二人の亡骸があった。
彼らは、主君であり親友である男に付き従い続けられなぬ悔恨から、二人で一つの【アーム】に変じた。
銘は【恋人達】。
死してなお己に忠節を尽くさんとする彼らであったが、その赤心を捧げられた男は、しかし困惑の中にいた。
己が何者であるのかが知れない。
何故この地にいるのかが判らない。
彼にできることはただ一つ。
この場所から歩き始めることだけだった。
突如手にした「力」に途惑う姫と、
突然総てを失い困惑する男が出会った。
思いがけず「力」を得た男は、
誇りを失った女の元に戻ってきた。
彼らは互いの行方を知らず、すれ違いに旅立っていった。
しかし、古の人は言う。
すべての道は一つに通じている、と。
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