虹の絵の具皿 (十力の金剛石) 作家名:宮沢賢治
玻璃(水晶ないしはガラス)の宮殿から内緒で抜け出した王子さま。
そっと駆け込むのは大臣の家。
大臣の息子は王子さまと同い年のお友達。
虹の脚もとにあるという『ルビーの絵の具皿』を探しに、王子さまと大臣の息子は霧の立ちこめる野原を駆け出した。
暗い森を抜け、藪を切り払って、濃い霧の中を進んでゆくと、そこは森にかこまれたきれいな草の丘。
空からぽつぽつ降る霰はダイアモンドやトパーズやサファイア。
竜胆の花は天河石(アマゾナイト)で葉は硅孔雀石(クリソコラ)、黄色い草の穂は猫睛石(キャッツアイ)、梅鉢草は蛋白石(オパール)、当薬の葉っぱは碧玉(ジャスパー)で蕾は紫水晶(アメシスト)、野薔薇の枝は琥珀と霰石(アラゴナイト)で真っ赤なルビーの実がなっている。
美しい花々は寂しげに歌う。
「十力(じゅうりき)の金剛石は今日も来ない」
花たちが言うには十力の金剛石とは、
チカチカうるさく光ったりせず、きらめくときも、かすかに濁るときも、薄光りするときも、真っ暗なときもあり、春の風よりやわらかく、卵形に丸く、霧よりも小さいときもあれば空や大地を埋め尽くすときもあり、千の粒に分かれることもあれば、たちまち一つに集まり、堆肥の湿り気の中、草や木の体の内、子供の頬で輝くもの。
花々が待ち望むそれは、やがて漸く降り注いだ……。
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