後々弟から聞いたのですが、宗兵衛殿は握り拳を結んで、手の甲に固く盛り上がった骨の先で、私の頭を軽く小突いておられたのだそうです。
拳骨ほど恐ろしいものは無いというのが、私の持論です。
殴打の武器としても、他のどの道具よりも自分の思うた通りに操れますし、防御の術としても、どのような楯や鎧よりも軽く取り回せます。
己が痛みを堪えさえすれば(そして、拳一つ潰してでも勝ちたい、生き残りたいとの思いがありさえすれば)これほど扱い易い武具はないのです。
2話を読む
私たちの一族郎党は四月の半ばに厩橋を出ました。
父があらかじめ滝川一益様に申し出て(というか、むしろ「手を回して」とでも言い表した方が良い気がするのですが)、皆で一旦は砥石まで戻り、その後各々が行くべき場所へ向かう許しを得ておりましたので、我々は列をなして砥石へ向かういました。
山の麓では暑いほどの陽気でしたが、高い尾根にはまだ雪が残っております。山肌をひんやりとした風が吹き下ろしてくれば、寒ささえ感じました。
3話を読む
私は文を眺めながら、思わず肩を揺らして、しかし声に出すことはどうやら堪えて、笑っておりました。
私の頭の奥には、初めて訪れた萬屋の座敷で、自分の家におられるかのようにくつろいで、文を書いている前田慶次郎殿の姿が浮かんでおりました。
その傍らにいる萬屋の主が、初めてあった大柄な侍を、まるで十年前からの同居人のようにあしらっている姿も、です。
慶次郎殿ならば初対面の相手でも気に入れば刎頸の友のように接するに違いなく、萬屋のほうも初めての客であっても「これ」と見込んだ相手なら心を開くはずだ、と思ったからです。
それから、野山に出て何もしないことを楽しんでおられるような慶次郎殿、欲しいものを見付けて子供のように夢中で眺めている慶次郎殿の姿も、まるで現のように想像できます。
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