サイドカー付のモンスターバイクが、突然私の店の前に止まりました。
ライダーは俳優のU氏で、後部のシートに「兄弟分」のM氏が乗っておられました。
M氏はいそいそと降車し、楽しそうに私の店の中を覗かれました。
「何かお探しですか?」
私がお訊ね致しますと、M氏は嬉しげにお笑いになり、
「この店にね、真田幸村の缶バッチがたくさんあると聞いてね」
と仰いました。
私は店にあるだけの缶バッチを並べました。
ニコニコと笑いながら品物を選んでいるM氏のお顔は、その半分から喉のあたりにかけて、肌が酷く荒れて赤黒く爛れて、もう半分も肌色が大変にお悪い様子でした。
「ご病気だと伺っておりましたが?」
おそるおそるお伺いしましたところ、
「うん、外出の許可が出てね」
嬉しげにお笑いになったM氏は、
「昔、真田幸村の役を演ってね」
「はい、存じ上げております。拝見させて頂きました」
「うん。それでね、そのとき“兄ぃ”に頼み込んで兄貴の役をやって貰ってったんだ。だから外出許可が出たら、“兄ぃ”と一緒にゆかりの地を廻ろうと思ってね」
そう仰ると、M氏は結局の所、お出しした缶バッチの全部の種類を一つずつ、お買いあげになりました。
M氏が懐に手をお入れになった時、U氏がその手を押さえて、
「ここは俺が出すよ。この旅は、お前の退院祝いじゃないか」
ご自分の札入れをお出しになったU氏は、優しげに頬笑んでおられましたが、私に代金をお渡し下さった時には、大変寂しそうな、お辛そうなお顔をなさっておいででした。
「ああ、すまないねぇ。そういうことなら遠慮なく乗っかるよ」
M氏は嬉しそうに、本当に嬉しそうにお品を胸に押し抱いて、
「じゃあね、また来るよ」
軽く左の手を挙げて、U氏と連れ立ってお店の外へお出になりました。
私も、お見送りをしようと、その後について外に出ました。
サイドカーの中におられた大御所歌手のK氏が、お二人を満面の笑みでお迎えになり、
「さぁて、次はどこへ行くんだい?」
と謡うように仰いました。
M氏はU氏に背負われるようにしてバイクにお乗りになり、もう一度、
「じゃあね、また来るよ」
と、私に手を振ってくださいました。
サイドカー付のモンスターバイクは、吼えるような排気音を残して、あっという間に、どこかへ行ってしまいました。
……そんな夢を見た。
http://jhnet.sakura.ne.jp/petit/no/Νεκρός Όνειρα-ねくろすおーにら-