何かとても大変なことがあったらしい。
それが何なのか解らないのだけれど。
何かとても大変なことがあったらしい。
私は一人きりでそこにいた。
帰りたいと願って、そこに立っていた。
私の服は土埃にまみれて、あちらこちらが裂けている。
靴下はなく、靴もない。足指が、地面を掴んでいた。
町は破壊され、道は寸断されている。
そんな中、鉄路はどうやら動いているらしい。
何かとても大変なことがあったらしくてひび割れた道路を、私は駅へ向かって歩いた。
見知った建物は壊れ、新しい建物が建ちつつあり、景色は一変していて、つまりは、行くべき道筋がさっぱり解らない。
行き交う人の顔は疲れて、私の見たことのない人相ばかりで、表情はうつろで、つまりは、ここがどこだかさっぱり解らない。
私は本当に故郷に帰れるのだろうか。
どれだけ歩いたか解らない。どれだけ人に尋ねたか解らない。どれだけ答えを貰えなかったか解らない。
それでもどうにか駅舎につながっているという建物を見付けた。
中に入ってみると、外の破壊が信じられないほどに明るく、美しく、活気に満ちていた。
その場所にだけ、生き生きとした人々が集まっている。
「駅舎への連絡通路は二階だ」
と言った誰かの後に付いて行く。
静かに動くエスカレーターに、私は裸足で乗った。
筋状の金属が足の裏に冷たく食い込んだ。
紺色の制服を着た、愛らしい『エスカレーターガール』が飛んできて、私に言う。
「裸足はいけません。巻き込まれて怪我をします。早く降りてください」
目の前のステップが床の中に吸い込まれてゆく。
私は到着したフロアの、磨かれててらてら光るリノリウムの上へ飛び移った。
困り顔をしている『エスカレーターガール』に、私は訊ねた。
「駅はどこですか」
「そこになければ、ないでしょう」
彼女が掌で指し示す方へ、私は歩いて行った。
連絡通路の先の閉まった両開きドアを開けると、そこには田舎道があった。
鐘の鳴る踏切の傍らに、道祖神とだけ彫り込まれた、大きな石が転がっている。
茶色い電車が走って行く先に、確かに駅はあった。
トタンの波板の屋根を支える木の柱にホーローの駅名表示が打ち付けられた、古い、古い駅舎。
『次の電車に乗れば、間に合うかも知れない』
裸足の足の裏に、小石やタイルの欠片や、燃えさしの木の枝を食い込ませながら、私は少しだけ早足で駅に向かった。
行く先の解らない電車に飛び乗るために。
……そんな夢を見た。
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