「伊曽保人に請ぜらるる事」
2012年08月07日(火)
日記的な記事
「伊曽保人に請ぜらるる事」
えしつの都にやんごとなき学匠ありけり。顔かたち見ぐるしき事、いそほにまさりてみにくく侍れど、をのれが身の上は知らず、いそほが姿の悪しきを見て笑ひなんどす。
ある時、わざと金銀綾羅をもつて座敷を飾り、玉を磨きたるごとくにして、山海の珍物を調へ、いそほをなん請じける。伊曽保この座敷のいみじきありさまを見ていはく、「かほどにすぐれて見事なる座敷、世にあらじ」と讃めて、なにとか思ひけん、かの主のそばへつつと寄り、顔と唾を吐きかけけるに、主怒つて云、「こはいかなる事ぞ」と咎めければ、いそ保答云、「我この程心地悪しきことあり。然に、唾を吐かんとてここかしこを見れ共、誠に美々しく飾られける座敷なれば、いづくにおゐても、御辺の顔にまさりてきたなき所なければ、かく唾を吐き侍る」といへば、主答へて、「さてもかのいそ保にまさりて才智利性の人あらじ」と笑ひ語りけり。
がんばって現代語訳してみた。
「イソップが人に招かれたときのこと」
エジプトの都にたいそう立派な身分で学問に秀でた人がいた。
顔の醜いことはイソップ以上であったが、それを棚に上げてイソップの容姿の醜いことを嘲笑していた。
ある時、わざわざ金銀や美しい織物で部屋を飾り、宝石をのように磨き上げて、様々な土地の珍しい物を揃えておいて、イソップを招いた。
イソップはこの部屋の尋常ならざる有様を見て言った。
「これ程素晴らしく見事な部屋は、この世に二つと無いでしょう」
こう褒めると、どうしたことか主人に近付いて、顔にツバを吐きかけた。
主人が怒って、
「コレはどういう事だ」
と咎めたところ、イソップが答えて言うには、
「私は急に気分が悪くなったのです。そこでツバを吐こうと考えて(ツバを吐いても良さそうな場所を探して)あちらこちらを見たのですが、大変美しく飾られた部屋ですので、何処であってもあなたの顔以上に汚いところがありません。ですから、そこにツバを吐いたのです」
こう言われて、主人は
「ああ、このイソップに勝って才知に長けた人はない」
と笑って言ったのだった。